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システム生命科学の展開 【名古屋大学グローバルCOEプログラム】

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名古屋大学 大学院理学研究科 GCOEサイエンスコーディネーター事務局
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TEL: 052-789-2503
URL: http://www.bio.nagoya-u.ac.jp/gcoe/index.php





拠点リーダー・教授  近藤 孝男
名古屋大学 大学院理学研究科



拠点紹介
名古屋大学グローバルCOEプログラム「システム生命科学の展開:生命機能の設計」は、2007年にスタートし、理学研究科生命理学専攻の9研究室と、生命農学研究科の3専攻(生物機構・機能科学専攻、応用分子生命科学専攻、生命技術科学専攻)の8研究室の連携によって教育・研究に取り組んでいます。
本拠点では「勇気ある知識人の育成」と「世界屈指の知的成果を創出」という名古屋大学の理念・長期目標を実現するため、未知の分野に対し高い適応能力を持ち独創的な研究を行える研究者、高度専門技術者を育成することを目指しています。

生命科学のこれから
この30年間の生命科学分野の研究は、遺伝子の単離とその機能解析に集中することによって多大な成果を挙げてきました。しかし、ゲノム情報解読以後、生命科学の研究対象は個々の遺伝子の働きから、多数の因子の相互作用が生み出す複雑な「システム」としての挙動に移行しつつあり、ポストゲノム生物学の中心として「システム生命科学」の必要性が強く指摘されています。
さらにシステム生命科学の進展、蛋白質の構造と機能の解明、ゲノム情報に基づいた育種技術などにより「生命機能を設計する」ことまで視野に入ってきました。そのような新時代の生命科学をリードしていくには、従来の分子生物学の基盤の上に、分子構造解析、情報理論、数理解析を融合させた研究法をとることが不可欠です。

システム生命科学とは
-名古屋大学GCOEにおけるシステム生命科学-
本拠点ではプログラム名称に「システム生命科学」という言葉を用いています。
ただしこの言葉は、現状では様々なとらえ方があるため、本拠点で意味する「システム生命科学」の定義を明確にしておきたいと思います。
本拠点では「システム生命科学」を「単なる分子の性質からでは理解できない複雑な生命現象を、多数の因子の相互作用が生み出す動態として理解し、それをあやつり応用する研究」であると考えています。
例えば、電子回路を考えると、それを構成する各素子(コンデンサー、抵抗など)それぞれの機能は単純ですが、それが特定の回路に組まれると、素子の機能をはるかに超えた機能(TV、ラジオなど)を持つようになります。こうした回路設計のロジックを知ることが、システムの理解です。生命科学における例を挙げると、
- タンパク分子と分子複合体
- 遺伝子と個体
- 細胞と臓器
- 神経細胞と脳
などのように、様々なレベルで「素子と回路」の関係が存在します。どの例をとっても、素子の機能の理解なくして全体を理解することは困難ですが、さらにシステムとしての動態を理解するためには、多数の因子が相互作用することによって必然的に生ずる「複雑さ」にも対処しなくてはなりません。そのためには、これまでの分子生物学的な方法の他に、統合的構造生物学、情報理論、数理解析等などの方法が必要です。
現時点では残念なことに、こうした分野にまたがる生命科学者が少ないため、「生命をシステムとして理解する」研究の成功例はそれほど多くはありません。しかしながら、本拠点が上記のように定義した「システム生命科学」が次世代生命科学研究の中心であることは疑いがありません。
他方、現在、システム生命科学と認識されている研究の多くは、「網羅的な分子情報収集」です。これらの研究の生み出す情報は極めて有益ですが、本拠点のシステム生命科学には、敢えてこれを含めていません。それは、網羅的な分子情報収集は(1)既に多数のプロジェクトが推進されている、(2)研究所などのプロジェクト研究として行う方がはるかに効率的、(3)データの産生自体が目的のため、拠点での教育とはなじみにくい、という理由によります。本拠点では、多様な専門家の集合体であり、若い学生・研究者の斬新な発想に恵まれているという大学の強みを活かした生命科学を推進したいと考えています。

図1
システムとしての生命を理解するためには、従来の分子生物学や生化学に加えて、数理モデル解析・構造生物学などの新しい手法を組み合わせた研究を行わなければならない。



システム生命農学の推進
農業的に有用な生物の形質のほとんど全ては、その生物自身の、あるいはその生物と自然環境との間にある、複雑なネットワークから構築される複雑形質ということができます。システム生命農学という学問は、前述のシステム生命科学による解析、あるいはそこから生まれる生命の理解に基づいて、農業的に有用な形質を成り立たせている生命システムに対して、さまざまな操作をして最適化することを目指す科学・技術です。本拠点では、農業的に有用であるにもかかわらず、これまでは複雑すぎて科学的なアプローチが困難であった生物学的な形質に対して、システム生命科学という新しい手法や概念で果敢に取り組み、この分野を推進していきたいと考えています。

新しい生命科学をリードする
システム生命科学を実践することは難しい
理由: 分子構造解析・情報理論・数理解析を融合させたシステム生命科学の研究は、今日まで個別の遺伝子の解析に重点を置いてきた多くの生命科学者にとって、経験が乏しく、新規に導入するにはハードルが高い。
なぜ名古屋大学で実現できるのか?
理由: 2つの研究基盤とその連携
1. システム生命科学の基礎
理学研究科生命理学専攻では、すでに「生命をシステムとして理解する」ための基礎的な研究が実現しており、構造生物学の基盤も整ってきている。
2. システム生命科学の応用
生命農学研究科では、高等植物の基礎研究や農業的複雑形質の分子遺伝学的理解に基づき、生命システムを設計・最適化する研究が進んでいる。
基礎・応用のシステム生命科学を推進する両研究科が連携することで、さまざまなシステム生命科学のレパートリーを網羅した世界的レベルの研究拠点が構築可能。

例えばどんな研究?
拠点の各研究室で行われている研究内容は多岐にわたっています。今回は、その中から拠点リーダーの近藤孝男研究室での研究内容を紹介します。

~概日時計の研究~
地球上のほとんどすべての生物には、約24時間周期の内因性の生物振動現象が見られ、これは概日(サーカディアン)リズムと呼ばれています。これは、我々ヒトも含め、地球上の昼夜環境下で生活する生命が進化の過程で獲得した生命活動調節のための細胞内基本装置です。
概日リズムは、以下の3条件を満たすことで、地球の自転に伴う環境サイクルへの適応体制として機能していると考えられています。
1. 自由継続性=外界の温度、光などの環境条件を一定にした連続条件下に移しても約24時間周期で持続する内因性の生物リズムである
2. 光位相同調性=明暗サイクルなどの環境周期に同調することができる
3. 温度補償性=自由継続周期は温度に比較的影響されにくい
近藤研究室では、この概日時計の仕組みを明らかにし、概日時計が生物の生活をいかに豊かにしているかを理解したいと考え、研究に取り組んでいます。
では、概日リズムを実現するためには、どのような機構が必要なのでしょうか?
まず安定な約24時間周期の振動を生み出すための装置が必要です。これを「振動体(oscillator)」または「時計(circadian clock)」と言います。次に、この時計は外界の環境変化に応じて時刻の調整を受けることから、なんらかの環境センサー(光受容体、温度受容機構)から時計への情報伝達系が存在するはずです。これらを総称して「入力系(input)」と呼びます。また、概日時計によって生じるリズム情報は「出力系(output)」と呼ばれる出力経路を介して実際の細胞/個体レベルの生理活性リズムとして実現されます。
一般に、入力となんらかの因果関係を持ちながら出力を生む機構を「システム(系)」と呼びます。工学的なものだけでなく、自然環境、生体活動、細胞機構などもそれぞれシステムなのです。概日時計機構もシステムの一つであり、細胞システムや生体システムなどより高次なもののサブシステムと見なすことができます。現在、バクテリア、菌類、昆虫類、高等動植物を用いて、世界中で概日時計システムの分子機構の解析が精力的に行われ、急速にその解明が進められつつあります。
近藤研究室では、シアノバクテリアの概日時計の研究により、図に示すように3つのKai蛋白質[1]とATPを試験管内で混ぜるだけで安定した24時間振動が発生することを発見し、概日時計を初めて試験管内で構築することに成功しました。この発見は概日時計研究にとってコペルニクス的転回と言うべきもので、蛋白質がわずかなエネルギーで時間を刻むという全く新しい機能を持つことを意味しています。

図2

そこでそのメカニズムの解析を行い、Kai蛋白質の複合体形成のダイナミックス、リン酸化機構を明らかにし、さらにKaiCのATP分解活性が極めて安定に制御され概日時計の周期を決定していることを解明しました。一方、細胞分裂に影響されず概日時計が機能すること、ほとんどすべての遺伝子が概日時計の支配を受けることを示し、概日時計が細胞システムとして機能していることも明らかにしました。

[1] 近藤研究室では、シアノバクテリアを使った研究で、1996年頃、3つの遺伝子がその生物時計の中心であることを見つけ、回転の回から kaiA, kaiB, kaiC と名付けました。


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