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低エネルギー社会の構築に向けて 【東京大学 松島潤】

松島 潤 准教授 松島 潤 准教授
東京大学 大学院工学系研究科 エネルギー・資源フロンティアセンター エネルギー・資源俯瞰部門

〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1 工学部4号館
http://usegate.t.u-tokyo.ac.jp/frcer/





人類は、木材、石炭、石油とより良質なエネルギー源へと変遷させながら高度な文明を築きあげてきました。エネルギーの「質」は、私達の社会の質を決定する重要な要素なのです。また、人類はエネルギーを発明してきたのではなく、地球に存在する恵みの恩恵を受けているということも大切な視点です。

全世界の石油生産量がピークを迎えてその後は減退するという石油ピーク論がメディア等で取り上げられることが多くなってきました。背景には、昨今の油価高騰が現実問題として我々の生活に影響を与え始めたことがあります。しばしば「枯渇」という表現がされますが、これは正しくありません。なぜならば、現在の議論では、人類が利用可能な石油の半分を使いきったかどうかが焦点になっているからです(全世界の石油生産量は、釣り鐘状に変化し、ピーク時はちょうど中間地点になると言われています)。「まだ半分あるなら、安心ではないか」と思うかもしれませんが、エネルギーの「質」を理解する重要性がここにあります。

いま、リンゴが沢山成っている木を想像してください。いくつかのリンゴは手を伸ばせば容易に採れるし、梯子を使ってよじ登らないと採れないものもあります。つまり、我々が自然界から恵みを得ようとするとき、入手しやすいものと入手しにくいものがあるということです。またこのとき、人類は入手しやすいものから採るということです。

採取の困難さ(ここでは、これを質と考えます)を数学的に表現するための一つの方法として、エネルギー収支比(EPR: Energy Profit Ratio)があります。例えば私達の生活に密接に関係のある石油を地下から採取することを考えましょう。図1に石油回収におけるEPRの概念を示します。図1において、地下に存在する石油を抽出する過程においてエネルギーが投入され、エネルギーが回収されます。また、回収エネルギーの一部を投入エネルギーとして使用して地下から石油抽出することを繰り返します。この図は、人類が自然界からエネルギー・資源という恵みを享受する一般的な構図であると捉えることもできます。さて、EPRは回収エネルギーを投入エネルギーで割り算することにより得られ、その比が1以上にならないとエネルギー的に無駄をしていることになります。このようなエネルギー収支的な考え方は、他の自然エネルギーなどにも適用できます。

図1
【図1】 石油開発におけるエネルギー収支比(EPR)の概念


現在石油業界では、easy oil(容易に採取できる石油)の時代は終わったと認識されていて、これまで開発対象にならなかった条件の悪い油田(大水深、極地、小規模など)の開発に目が向けられています。また、発見された油田から原油の全てを回収できるわけではなく、多くの場合3〜4割程度しか回収されません。さらに多くの原油を採取しようとすれば、さらに多くの投入エネルギーを必要とするのです。石油を生産する過程においては、技術革新効果と地質的限界の相互作用により、その生産量が決定されてきますが、仮に技術革新効果によって、生産量を維持したとしても、エネルギー収支の観点からはその質が劣化するのです。

それでは、石油の質が低下すると、社会にどのような影響をもたらすのでしょうか。質の低下に伴い、石油回収のためにより多くのエネルギーが必要になります。それまで経済活動に投入されてきた資金あるいはエネルギーは、石油回収のために振り向けられることになります。結果として、燃料費は高騰し、個々の企業は燃料高による影響を受け、製品価格高騰による需要減退が起こります。すなわち、インフレ(物価高騰)と景気後退の混合状態(これをスタグフレーションと言います)をもたらし、我々の社会に深刻な影響を与えうるのです。わかりやすく言えば、給料は上がらないけど、物価はどんどん高くなっていく状態です。

「石油を代替するエネルギーにシフトすればよいではないか」と思うかもしれませんが、食料・運輸・化学製品に至るまで私達の生活は石油漬けと言っても過言ではなく、その転換には非常に長い期間を要します。また、エネルギー収支の観点でeasy oilと同等な質を有するエネルギーは出現しないかもしれません。とすれば、解決の道筋はエネルギー消費構造を抜本的に変革するしかありません。エネルギー・資源論の視点から社会システムのあり方を探求していく必要があります。その基軸として、エネルギー収支的着眼点は重要な役割を果たします。その一方で、今後我々は石油代替エネルギーへのシフトを進めていかなければなりません。そこでも代替となるエネルギー収支評価は重要です。

文明のあり方とは何か、人間の幸福とは何か、という根本的な問題を改めて私達は考える時期に来ていると思います。学際的なアプローチと明るい未来を指向するマインドが重要になってきますし、そして何より重要なのは一般市民の立場になって考えることです。一般市民の目線に立って考えることが、むしろ新しい学問を創ることもあると思います。