HOME > 学術出版物 > zenis 日本の学問と研究 創刊号 > ペプチドホルモン・グレリンの医療応用 【和歌山県立医科大学 赤水尚史】

ペプチドホルモン・グレリンの医療応用 【和歌山県立医科大学 赤水尚史】

赤水 尚史 教授 赤水 尚史 教授
和歌山県立医科大学
〒641-8509 和歌山市紀三井寺811番地1

http://www.wakayama-med.ac.jp/med/daiichinaika/index.html
http://www.med.kyoto-u.ac.jp/J/grad_school/introduction/1321/





1.はじめに
ホルモンで代表される生理活性物質の発見は、病気の治療に大きな恩恵をもたらす可能性があります。たとえば、膵臓から出るホルモン・インスリンの発見は、その臨床応用につながり、現在では糖尿病の患者さんに計り知れない恩恵を与えています。私たちはグレリンも同様な臨床応用ができるのではないかと考え、研究を進めています。
グレリン(ghrelin)は、胃から分泌される成長ホルモン分泌促進ペプチドです。1999年12月に国立循環器病センターの児島・寒川らによって発見されました。グレリンは、アミノ酸28個からなり、3番目のセリン残基が脂肪酸(n-オクタン酸)でアシル化修飾された特徴的な構造を有するペプチドです。国内外の研究者らによって、グレリンが成長ホルモンの分泌促進作用以外にも、①摂食促進作用、②消化管運動促進作用、③胃酸分泌促進作用、④心機能の改善作用、など様々な生理作用を有することが明らかになっています。これらの作用を利用して、臨床応用に向けての研究が行われています(図1)。

図1
図1 グレリンの生理作用とその臨床応用。 白字:生理作用、青字:治療対象疾患


2.グレリン臨床応用
私たちも2001年12月から5年間、京都大学・医学部附属病院・探索医療センター流動プロジェクト「グレリン創薬プロジェクト」(プロジェクトリーダー:寒川賢治)において同様の研究を実施してきました。まず、健常人におけるグレリン投与臨床第I相試験を行い、グレリンの安全性を確認しました。次いで、摂食不振患者を対象とした臨床第II相試験を行い、グレリンの摂食促進作用を検討しました。さらに、変形性股関節症に対する周術期に筋力増強を目的とした臨床第II相試験を実施し、グレリンの成長ホルモンの分泌促進作用を介する筋肉量や筋力の増強を検討しました。

1)摂食不振患者を対象とした臨床第II相試験
摂食不振は種々の疾患で起こり、体重減少、体力や気力の低下を招来し、ひいては原疾患の悪化、生命力や活動性の消失にまでつながります。特に、Functional dyspepsiaやその他の機能性摂食不振を呈する疾患における食欲不振に関しては、その原因が不明で治療に難渋する場合が多々あります。そこで、上記Functional dyspepsiaなどの機能性摂食不振症における摂食量低下や体重減少に対して、グレリンが有効な臨床効果を示すかどうかを検討するために臨床第II相試験を施行しました。図2に示しますように、グレリン投与によって一日摂食量は統計的非有意な増加傾向を示し、空腹度が同投与直後有意に上昇しました。有害事象に関しては、重篤なものはありませんでした。以上より、グレリンの安全性と摂食亢進作用が示唆され、摂食不振に対するグレリンの臨床応用に関して更なる検討を進めていく予定です。

図2
図2 グレリン投与(Ghrelin i.v.)前後における摂食量の変化。


2)変形性股関節症に対する人工股関節置換術の周術期を対象としたグレリン投与臨床第II相試験
変形性股関節症は、高齢者に多く、高齢化に伴って増加し、人工置換術の術後に足筋力や歩行などの回復が高齢によって遅延することが問題となっています。また、術式や術後のリハビリテーションが一つのクリティカルパスとしてほぼ一定しているので評価に適しています。そこで、私たちは手術の1週間前から術後2週間投与まで一日2回投与する臨床試験を実施しました。その結果、図3に示すように、除脂肪体重(筋肉量を反映)の増加と体脂肪量の低下を認めました。しかしながら、筋力や歩行速度には有意な改善が認められず、試験のプロトコル改訂を含めて更なる検討を今後行う予定です。

図3
図3 グレリン投与前後における体組成(除脂肪量と体脂肪量)の変化。


3.その他の検討と今後の展望
私たちは、グレリンに関する臨床的研究以外に、基礎的な研究も行っています。たとえば、グレリンの新たな生理・薬理作用の発見を目指して遺伝子改変動物を作製し、その機能解析を精力的に行っています。また、グレリンの新たな対象疾患を探索するために種々のモデル動物へのグレリン投与を実施しています。さらに、グレリンの分泌調節機構の解明のために、グレリン遺伝子プロモーター解析や血中グレリン濃度測定を行っています。
グレリン創薬プロジェクトは、平成18年11月末をもって5年間のプロジェクトを終了しました。しかしながら、その成果が評価され、平成19年4月より、グレリンの医療応用を目指すプロジェクト「グレリン医療応用プロジェクト」が同探索医療センターに新たに設置されました。このプロジェクトは、アスビオファーマ株式会社と共同で実施される産学官共同研究です。今後も私たちは、グレリンに関する探索研究(トランスレーショナルリサーチ)を継続して進め、その臨床応用を実現したいと願っています。