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X線天文学 【京都大学 鶴剛】

鶴  剛 准教授 鶴 剛 准教授
京都大学 理学部 物理第2教室 宇宙線研究室

〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/





巨大ブラックホール誕生の謎と中質量ブラックホールの発見
人間の目は可視光に感度を持ちます。可視光を放射する物体の温度はおおよそ数千度です。これは太陽の表面温度が数千度であることに無縁ではありません。人間の目は太陽を基準に作られているのです。一方、X線を放射する物体の温度は1000万度から1億度です。つまりX線天文学とは超高温の宇宙の姿「ホット・ユニバース(Hot Universe)」を観測することです。そこで見えてきたものは静穏で悠久の姿ではなく、常に激しい活動性を示す宇宙だったのです。
X線天文学の最大の魅力は「何が見つかるか予想もつかない」ことです。その最たる物が「ブラックホール」です。ブラックホールそのものはその名の通り極めて強い重力のために光すら出ていくことが出来ません。しかし、その周辺のガスは強い重力のため加熱され、超高温になります。その結果、明るく輝くX線星として発見されたのです。
従来、宇宙には二種類のブラックホールが存在していることが分かっていました。一つは白鳥座X-1に代表される太陽の5-10倍の質量を持った小型ブラックホールで、恒星が進化の終末に起こす超新星爆発の中から誕生します。もう一つは、銀河の中心に存在する太陽の百万倍以上の質量を持つ巨大ブラックホールです。中には小さな銀河一個分の質量(太陽の十~百億倍)と太陽系に匹敵する半径を持つものすらあります。このような想像を絶する天体が私達が住むこの宇宙に存在していること自体大変な驚きです。さらに驚いたことに、この巨大ブラックホールは珍しい天体ではなく、天の川銀河系など普通の銀河にも普遍的に存在していることがわかりました。つまり、巨大ブラックホールは宇宙の進化と密接に関わる主役の一人なのです。
しかし、世界中の天文学者が精力的に研究を続けているにも関わらず、巨大ブラックホールの誕生は謎に包まれています。私達はその解明の鍵となる観測に成功しました。私達は日本のX線天文衛星「あすか」と米国の「チャンドラ」衛星を使って、大熊座の若い銀河「M82」から、ひときわ明るく輝くX線星を発見しました(図1)。詳しい解析から、この星は存在すら知られていなかった新種の「中質量ブラックホール」であることがわかりました。その名の通り従来知られていた二種類のブラックホールの中間の質量をもっています。

図1 図1:X線天文衛星チャンドラで撮影した M82銀河の中心領域のX線写真。もっとも明るく光っているX線星が中質量ブラックホールある。矢印は同時に発見された恒星質量ブラックホール。M82銀河の中心はX線で暗いこと、中質量ブラックホールはM82の中心から離れていることに注意。M82の中心から中質量ブラックホールまでの距離は約500 光年である。
Image courtesy:Kyoto University














M82銀河の中心領域では恒星の誕生、超新星爆発とそれに続く小型ブラックホールの誕生が連鎖的に起こっています。あまりに爆発が激しいため、超高温ガスが銀河の外へ流れ出しているほどです(図2)。これを「スターバースト」活動と呼んでいます。私達は、この超過密地域で恒星や小型ブラックホール同士が次々と合体し中質量ブラックホールが生まれたと考えています。今後、さらに合体成長とそれに伴う大爆発を繰り返しながら、やがて銀河の中心の巨大ブラックホールに成長していくと予測しています。M82銀河で観測されたスターバーストは、天の川銀河系も含め全ての銀河が誕生時に経験する普遍的な現象だと考えられています。そこで私達は若い銀河を観測し、まさに誕生中の巨大ブラックホールを見つけたいと考えています。

図2 図2:X線天文衛星「すざく」で捉えたM82銀河から流れ出す高温ガス「M82の帽子」。M82銀河の場所には、米国「チャンドラ」X線衛星、「ハッブル」宇宙望遠鏡、「スピッツァー」赤外線衛星で取得された3色写真を重ねた。中質量ブラックホールは、このM82銀河の中心付近に位置する。
Image courtesy:
M82の帽子(全体):「すざく」チーム
M82銀河の場所の3色写真:X線:NASA/CXC/JHU/D.Strickland;可視光: NASA/ESA/STScI/AURA/The Hubble Heritage Team;赤外線:NASA/JPL-Caltech/Univ. of AZ/C. Engelbracht







2013年打ち上げ予定のX線天文衛星Astro-H
私達は2013年の打ち上げを目指し、日本の6番目のX線天文衛星Astro-Hの製作を現在急ピッチで行っています(図3)。巨大ブラックホール誕生の謎解明はAstro-H衛星の主要目的の1つであり、現在フライト中の「すざく」衛星の100倍の感度で厚い周辺物質に隠された巨大ブラックホールを観測する予定です。さらに他の主要目的として「宇宙の大規模構造の進化」「宇宙の超高エネルギー粒子の起源の探査」「暗黒物質・暗黒エネルギーの探求」が挙げられます。いずれも、現代天文学・物理学の最先端・最重要テーマに直球勝負を挑んでいます。

図3 図3:Astro-H衛星の想像図。全長14m、重量2.3t、2013年打上予定。X線CCDカメラの他、X線望遠鏡、X線マイクロカロリメーター、硬X線撮像検出器、軟ガンマ線検出器を搭載する。
Image courtesy:NEC, JAXA











私の研究室はこの衛星計画の中核を担っており、特に新型のX線CCDカメラの開発を行っております。図4は私達の研究室が、大阪大学、国立天文台、浜松ホトニクス社と共同で開発した新型のPチャンネル型CCD素子です。従来のCCDは電子を集めるタイプで、中間または長い波長のX線にしか感度がありませんでした。そこで、私達は新たにホールを集めるタイプ(Pチャンネル型)を開発しました。その結果、波長の短いX線(0.5オングストローム以下)から波長の長いX線(50オングストローム以上)の広い範囲で高い感度を持つことが、X線の波長を精度よく測定できるようになりました(図5)。さらにAstro-H衛星にはこのCCD素子4枚をモザイク状に配置し、CCDを搭載した衛星として過去最大の視野を得る予定です。

図4 図4:ホールを収集する新型のPチャンネル型CCD素子。撮像領域サイズ:30×30mm角、同ピクセルサイズ:15μm角、同ピクセル数:2048×2048である。完全空乏裏面照射型で厚み200μmを備える。素子自体は接触可能であり、モザイク配置が可能である。










図5 図5:新型のPチャンネル型CCD素子(Pch2K4K (BI、200μm))と従来のCCD素子(FI、42μm)それぞれのX線エネルギーまたは波長に対する感度がlog-logスケールで書かれている。Pch2K4Kは波長の短いX線と波長の長いX線の広い範囲で高い感度を持つ。