HOME > 学術出版物 > zenis 日本の学問と研究 創刊号 > D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能 【名古屋大学 山根隆】

D-アミノ酸の効率的合成に関係する酵素の構造と機能 【名古屋大学 山根隆】

山根  隆 教授 山根 隆 教授
名古屋大学 大学院工学研究科
化学・生物工学専攻 生物機能工学分野

〒464-8603 愛知県名古屋市千種区不老町
http://www.nubio.nagoya-u.ac.jp/nubio2/b2.html





アミノ酸アミドのラセミ体に対しD型と特異的に反応しD-アミノ酸を分離する酵素の構造と機能

山根 隆1、 鈴木 淳巨1、 岡崎 誠司1、 米田 英伸2、 浅野 泰久2
(1 名古屋大学大学院工学研究科 化学・生物工学専攻、 2 富山県立大学工学部 生物工学科)


1.はじめに
我々の体の主要成分であるタンパク質はアミノ酸でできている。アミノ酸は、図1に示すように、L-アミノ酸とD-アミノ酸の2つの鏡像異性体が存在する。これは炭素原子に異なる4つの原子または置換基(水素、アミノ基(-NH2)、カルボキシル基(-COOH)、側鎖(R基)が結合しているためである。このような原子を不斉原子という。アミノ酸のように不斉炭素を持つ化合物を普通に合成すると、D型とL型の混合物(ラセミ体)が産生される。

図1
図1.鏡像関係にあるL-アミノ酸とD-アミノ酸


生物の誕生以前の原始世界では、L-アミノ酸とD-アミノ酸がほぼ同量作られていたと思われる。しかしながら、タンパク質合成に使われるアミノ酸はL-アミノ酸であり、D-アミノ酸は使われない。ただし、D-アミノ酸は、微生物の生産する抗生物質や、細胞壁中のペプチドグリカン層には存在する。このため、D-アミノ酸は、医薬品、除草剤、食品添加物の合成中間体として、近年需要が伸びている。最近では、分析技術の進歩により、下等生物から高等生物に至るまで、D-アミノ酸が、脳や神経や目の水晶体などに、微量ながら幅広く存在することが明らかになってきた。高等生物では、D-アミノ酸はアミノ酸ラセマーゼにより生合成されると考えられている。

工業的には、L-アミノ酸はほとんどが発酵法により生産されているが、D-アミノ酸の生産は酵素法が主流である。酵素法では、浅野らによりアミノ酸アミドのラセミ体から、D型とL型を分離する光学分割法が提案されている(図2)。これは、アミノニトリルから合成したラセミ体のアミノ酸アミドを、D-アミノ酸アミダーゼを用いてD体のみを加水分解し、D-アミノ酸を得る方法である。このように、D-アミノ酸を合成する酵素法においては、D-アミノ酸アミダーゼやアルカリD-ペプチダーゼが利用されているが、D体のみを特異的に加水分解する酵素の需要はますます高まっている。

ラセマーゼは1個の不斉原子しか含まない基質分子を異性化(例えばL-アミノ酸をD-アミノ酸に変換)する酵素で、アミノ酸に作用するものとしては、アラニンラセマーゼやセリンラセマーゼが有名である。D体のみに特異的に作用する酵素(D体特異的酵素)とラセマーゼを組み合わせると、図2に示すように非常に効率的にD-アミノ酸を生産することが可能となる。(1)

図2
図2.2種類の酵素の併用によるアミノ酸アミドの効率的な光学分割


筆者らはラセミ体のアミノ酸アミドに対しD-アミノ酸アミドのみに作用する酵素、D-アミノ酸アミダーゼと、アミノ酸アミドのみをラセミ化するラセマーゼの機能(なぜD体のみを加水分解できるのか、など)をその立体構造を基に研究している。


2.D-アミノ酸アミダーゼの構造と機能
高いD-立体選択性を有する酵素として、細菌Ochrobuctrum anthropi由来のD-アミノ酸アミダーゼ(DAA)が単離された。DAAは、フェニルアラニンやトリプトファンなどのかさ高い疎水性側鎖を有するアミノ酸アミドをD-立体選択的に加水分解し、D-アミノ酸とアンモニアを生成するセリンプロテアーゼであり、酵素法において有用な酵素である。DAAの構造の解明から、産業上有用な変異DAAを創出することが可能となる。それ故、X線結晶構造解析に基づくDAAの立体構造と機能の解明を行った。

DAAは、2つのドメイン(α/βドメインと、ヘリカルドメイン)により構成され、活性部位は両ドメイン間の溝に位置している(図3)。生成物のD-フェニルアラニンとの複合体の構造も解析し、DAAの基質の認識機構が示唆された。基質の側鎖は、疎水性ポケットに位置しており、DAAのかさ高い疎水性側鎖を持つ基質を好むという機能が構造から裏付けられた。さらに、生成物D-フェニルアラニンと求核基のSer60はアシル中間体を形成していて、その位置から脱アシル化の際の求核水分子であると考えられる水分子も見出された。DAAと類似酵素との構造比較を行い、DAAにはペプチダーゼ活性が無い理由も、DAAの構造から理解することができた。(2)基質の鏡像異性体であるL-フェニルアラニンアミドとの複合体の構造を解析し、D-フェニルアラニンとの複合体の構造と比較することにより、DAAの高いD-立体選択性を生み出している3つの構造的特徴が示唆された。

図3
図3. DAAの構造の模式図
赤はα-ラセン、黄色はβ-ストランドを示す。DAAに結合しているD-フェニルアラニンは空間充てんモデルで示している。


3.α-アミノ-ε-カプロラクタム(ACL)ラセマーゼの構造と機能
多くのピリドキサル5’-リン酸(PLP)依存ラセマーゼはアミノ酸をラセミ化するが、細菌Achromobacter obae由来のα-アミノ-ε-カプロラクタム(ACL)ラセマーゼは、アミノ酸ではなく、ACLなどの環状アミドのラセミ化を触媒する独特なPLP依存ラセマーゼである。(3) ACLラセマーゼはD,L-ACLからのL-Lysの産業的生産や、D,L-アミノ酸アミドからのD-アミノ酸の合成に利用され、産業上有用な酵素である。ACLラセマーゼはI型のラセマーゼに分類されるが、I型のラセマーゼはまだ構造解析の例が無い。ACLラセマーゼの立体構造の解明は、I型のラセミ化の反応機構を構造学的に理解する上でも非常に興味深い。それ故、X線結晶構造解析によるACLラセマーゼの立体構造の解明を行った。

ACLラセマーゼは、3つのドメイン(N末端ドメイン、PLP結合ドメイン、C末端ドメイン)から構成され、活性部位は、3つのドメインの境界に位置していた(図4)。酵素の活性部位にあるLys267のNζと補酵素PLPのC4'はシッフ塩基中間体を形成していた。ACLラセマーゼの競争阻害剤であるε-カプロラクタムは、Trp49とTyr137の側鎖で挟まれた位置に存在していた。また、他の型のラセマーゼとの比較により、ACLラセマーゼの反応の進行に必須な塩基の候補としてTyr137とAsp210が同定された。ACLラセマーゼのアミノ酸アミドに対する活性向上に寄与すると思われる残基も推定された。この研究成果はBiochemistryに最近発表された。

図4
図4. ACLラセマーゼの構造の模式図
N末端ドメインは紫、PLP結合ドメインは赤、C末端ドメインは緑で示している。


引用文献
1. Dynamic kinetic resolution of amino acid amide catalyzed by D-aminopeptidase and α-amino-ε-caprolactam racemase. Yasuhisa Asano and Shigenori Yamaguchi, J. Am. Chem. Soc., 127, 7696-7697 (2005).
2. Crystal structure and functional characterization of a D-stereospecific amino acid amidase from Ochrobactrum anthropi SV3, a new member of the penicillin-recognizing proteins. Seiji Okazaki, Atsuo Suzuki, Hidenobu Komeda, Shigenori Yamaguchi, Yasuhisa Asano and Takashi Yamane, J. Mol. Biol., 368(1), 79-91 (2007).
3. Properties of α-amino-ε-caprolactam racemase from Achromobactor obae. Syed Ashrafuddin Ahmed, Nobuyoshi Esaki, Hidehiko Tanaka and Kenji Soda, Agric. Biol. Chem. 47(8), 1887-1893 (1983).