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フォトニック結晶とシリコンフォトニクスで光を操る 【横浜国立大学 馬場俊彦】

馬場 俊彦 教授 馬場 俊彦 教授
横浜国立大学 大学院工学研究院
知的構造の創生部門 電気電子と数理情報分野

〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-5
http://www.dnj.ynu.ac.jp/baba-lab/index-j.html





最近、光エレクトロニクス分野でフォトニック結晶、シリコンフォトニクスという言葉をよく耳にします。これらは、ミクロンからナノメートル領域の微細構造が、これまで困難とされていた様々な光の操作や光デバイス・回路を実現するという分野です。特に次世代の光情報ネットワーク、半導体LSIチップ、各種センサー、ディスプレイ、照明などを高性能化すると期待され、研究が活発になっています。横浜国立大学工学研究院(馬場研究室)では、この分野で世界をリードする研究が行われています。

塵や細胞よりも小さなナノレーザ

図1
図1 フォトニック結晶ナノレーザの概念図、電子顕微鏡写真、レーザモードの計算結果。


レーザは、反射鏡で構成される共振器に発光体から出た光を閉じ込め、光増幅によって発振を起こし、コヒーレントな光を外部に取り出します。レーザの大きさは、どれだけ小さな空間に光を閉じ込めるかで決まります。多次元周期構造から成るフォトニック結晶は、従来のレーザよりもはるかに小さな空間に光を閉じ込めるので、レーザを桁違いに小さくすることができます。例えば、馬場研究室で実現された世界最小レーザは、光の実効体積が約0.01立方ミクロン(一辺が平均で250ナノメートル)。砂粒や塵どころか、細胞や細菌よりも小さいため、ナノレーザと呼ばれます。また桁違いに低電力・高速に動作し、単に発光だけでなく、合分波、波長変換、波形整形、メモリーなど、様々な機能を示します。そのため、LSIのトランジスタと同様に、大規模な光集積回路の複雑な信号処理を行う基本要素になると期待されています。またこのレーザは、共振器が空気にさらされた状態でも動作します。空気の代わりに特殊なガスや液体、DNAやタンパク質といったバイオ物質などが接すると、動作特性が変化します。これを検知すれば、ナノセンサーとして働かせることもできます。

スローライトを発生させる光導波路
スローライトとは、文字通り「遅い光」です。光は1秒間に地球を7.5回まわるほど高速ですが、光が通る物質や構造が特別な条件(巨大な1次分散)をもつとき、光速(正確にはエネルギーを運ぶ光パルスの群速度)が極端に遅くなります。例えば、極低温下で気体や固体に極めてコヒーレンスの高い光を照てると、EITと呼ばれる現象により、 毎秒1メートル以下という極端なスローライトが生じます。もし光速が自由に変えられれば、次世代光ネットワークの超高速ルーターで必須とされる光バッファー(光信号の一時蓄積)が実現できると期待されています。ところが実際は、低速化と信号帯域の広帯域化に排他的な関係があり、また巨大な1次分散は信号を歪ませる大きな高次分散を伴うという問題もあるため、スローライトでは情報伝送が難しいとされてきました。馬場研究室では、フォトニック結晶を利用して広帯域化と高次分散抑制の方法を発見し、1テラビット級の広帯域信号を歪ませることなく自由にスローライト化することに成功しています。

図2
図2 フォトニック結晶導波路の電子顕微鏡写真と、光パルスの遅延時間(つまり速度)を外部制御した実験結果。


負の屈折現象を用いた光学系
光の屈折は、約400年前にスネルの法則が発見されて以来、基本的な光学現象として不変と考えられてきました。しかし近年、フォトニック結晶やメタマテリアルと呼ばれるナノ構造を用いると、光が逆方向に曲がる「負の屈折」が起こることが理論や実験で明らかにされました。これを用いると平坦面での集光、回折限界を超える集光、画像の実結像など、従来は不可能だった機能が得られます。実際にこのような機能を示すナノ構造の作製は難しいと考えられていましたが、馬場研究室では最適設計したフォトニック結晶で集光の様子をとらえることに初めて成功しています。また負の屈折を利用すれば、透明人間のような不可視技術が可能になることも欧米で議論され、電波を使った模擬実験が行われています。

光LSIチップを実現するシリコンフォトニクス
シリコンは、現在のLSIチップに用いられる理想的な半導体ですが、実は光集積回路を作る上でも多くの利点があります。何よりも、LSIのために蓄積された高度なCMOSプロセスで作製できるようになれば、圧倒的に高精度かつ均一な光デバイスが大量一括集積できるようになります。ただしこの目標には二つのハードルがありました。一つはシリコン自体が間接遷移半導体のため、発光しないということです。ただし最近は、高い発光効率を示すIII-V族半導体をシリコンに直接貼り付けるハイブリッド集積技術が発達し、問題が解消されつつあります。もう一つは個々の光デバイスが大きすぎて、大規模な集積に向かないという点です。これについては、馬場研究室が細線導波路と呼ばれる小さな導波路を開発し、これまで難しかった急激な曲げ配線や分岐配線を容易にしたことで多くの光デバイスが劇的に小さくなり、問題が解決されました。近年、インテル、IBMなど米国LSIメーカーが研究に参入し、光配線を利用したLSIの高速化、CMOSプロセスによる低コストな光通信回路の製造などが大きな話題となっています。シリコンフォトニクスは、光エレクトロニクスの研究開発を根本的に変革しつつあると言っても過言ではありません。

図3
図3 フォトニック結晶に入射させた光が負の屈折を起こす様子。


図4
図4 フォトニック結晶とシリコンフォトニクスを組み合わせた大規模光集積回路の概念。


馬場研究室
馬場研究室