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第1回 赤崎 勇(あかさき いさむ) 「窒素ガリウム系 青色発光ダイオードの基本技術確立」

赤崎 勇(あかさき いさむ)
名城大学教授、名古屋大学特別教授

発光ダイオードは、ガス灯、白熱灯、蛍光灯に続く第4世代のあかりとして期待されている。もともとは、ダイオードの研究過程で偶然に発光することが分かり、1960年代初めに暗めの赤色と黄緑色のLEDが開発されて以来、表示用途としても早い段階から実用化されてきた。

その後、白熱灯の約1/8、蛍光灯の約1/2という省電力、構造上は半永久的という寿命、発熱の少なさ、蛍光灯や白熱灯など他の多くの光源と異なり不要な紫外線や赤外線を含まない光が得られることなど、様々な利点から実用化が進められてきた。

発光ダイオードには表示機器としての用途および照明機器としての用途のふたつがある。 表示機器としては、携帯電話のバックライト、テールランプなどが開発されてきたが、近年実用化の期待が最も高まっていたのは、パソコンやテレビのディスプレイ光源である。

そして、ディスプレイ光源としての実用化を可能にしたのが、赤崎勇であり、彼が基礎原理を確立した青色発光ダイオードであった。

映像のフルカラー表示のためには、赤・青・緑という光の3原色の発光素子を実用化することが必要だった。冒頭で述べたように赤色の発光ダイオードは初期から実用化されていたが、実用的な水準を持つ青色の発光ダイオードはなかなか開発されなかった。また、緑色に関しても、初期は黄色みの強い黄緑色で、純粋な緑色ではなかったため、発光ダイオードによるディスプレイの実現は青色発光ダイオードの成功を待たなければならなかった。

赤崎は、松下電器産業所属の1965年、青色発光ダイオード実現をめざしこの研究に足を踏み入れる。1970年代から80年代にかけて青色の発光を目指す研究者はSiC/炭化ケイ素、ZnSe/セレン化亜鉛、GaN/窒化ガリウムの3素材を対象として研究をしていた。SiCは発光に成功していたが、強い発光が望めず、残りのふたつの素材での成功が望まれていた。多くの研究者が比較的加工しやすいZnSeを素材に研究を進める中、赤崎はあえて実現が困難と言われたGaNでの発光ダイオード実現を目指した。GaNは非常に硬くて丈夫、しかも熱伝導性が良いなど、優れた点が多く、困難を克服して実現できたときに期待できる成果にかけたのだ。

しかし、世界中の多くの研究者はGaNによる青色発光の研究から撤退していった。1981年、赤崎は、極めて難しいといわれていた、陰電極を埋め込んだGaN結晶を作ることに成功、窒化ガリウム青色発光ダイオード実現に向けて一歩前進していた。しかし、研究発表を行った時にはすでに多くの研究者の興味はGaNから削がれており、大きな反応が得られるだろうという予想に反して、まったく反響は得られなかった。

それでも赤崎は不退転の意志で研究を続行、1989年、ついにpn接合によるGaN の青色発光ダイオードを実現した。世界初の快挙であった。赤崎が実現したGaN青色発光ダイオードは高輝度であり、多彩な色が表現できるようになっただけでなく、それまで屋内用に限られていた用途が屋外へと広がった。競技場のビジョンとしての超大型フルカラーディスプレイも、青色発光ダイオードによって実現可能になったのだ。

赤崎が基本技術を確立した青色発光ダイオードは、当時日亜化学の技術者であった中村修二により量産化が可能に、そして現在、世界中のディスプレイや照明に変革をもたらしている。

赤崎 勇 経歴
1952年京都大学理学部化学科 卒業
神戸工業(現富士通テン) 入社
1959年 - 1963年名古屋大学助手、講師を経て助教授に就任
1964年松下電器産業東京研究所基礎研究室 室長
1981年名古屋大学 教授
1992年名古屋大学 定年退官、同大 名誉教授、名城大学 教授
現在名城大学特任教授、名古屋大学特別教授