HOME > 研究 > iPS細胞を用いた網膜の再生医療 【理化学研究所 高橋 政代】

一覧へ戻る

掲載機関:理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト  掲載日:2011/11/22

iPS細胞を用いた網膜の再生医療 【理化学研究所 高橋 政代】

高橋 政代 チームリーダー
理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 網膜再生医療研究開発プロジェクト

Address: 〒650-0047 神戸市中央区港島南町2-2-3
URL:http://www.retinastem.jp/ 
http://www.ibri-kobe.org/hospital/treatment/ophthalmology/#treatment04
http://www.riken-ibri.jp/AMD/

(Japanest NIPPON内リンク→独立行政法人 理化学研究所)
 


  


成体ほ乳類の網膜は、損傷すると再生しないと思われていましたが、近年、少なくともラットでは傷害時に網膜神経細胞を生み出す力をもっていることがわかってきました。このことは、成体網膜も神経回路網を再構築する能力を秘めていることを期待させます。この力を使って、網膜の中から、あるいは外から細胞を移植することによって、疾患で失われた網膜機能を再生させることが、我々網膜再生医療研究チームの目標です。


ES細胞・iPS細胞を用いた細胞治療
 ES細胞研究、iPS細胞研究は、とともに再生医学の分野における最重要研究の一つです。ES細胞は、受精卵ないし受精卵から発生が進んだ胚盤胞から作成され、倫理的な問題や拒絶反応の問題を抱えています。一方、体細胞に遺伝子を導入して作成されるiPS細胞は、倫理的な問題や拒絶反応の問題を回避できる一方、生体に移植した場合のがん化の可能性が課題となっています。ES細胞とiPS細胞のそれぞれの性質や利点をより明確にしていくためには、それぞれを比較研究することが必要です。

 また、ES細胞やiPS細胞を再生医療に応用するためには、幹細胞をさらにある特定の細胞に分化させなくてはなりません。無限に増殖する能力を持った多能性幹細胞といえども、臨床応用に耐えうる質を担保した大量培養の方法は、いまだ確立されたとはいえません。そのため、早期に臨床応用が期待されているのは細胞数が少なくても効果を得ることのできるホルモンの分泌組織や中枢神経組織です。
 とはいえ、神経細胞自体の移植は移植細胞を複雑な神経回路網に組み込み正しく機能させることが難しく、効果的な治療法として確立されるまでにはまだ距離があるのが実情です。例えば網膜の場合、まずは幹細胞から神経細胞である視細胞をサポートする網膜色素上皮細胞を作成し、これらサポート細胞の移植によって視細胞の機能を維持して悪化を防ぐ、あるいは変性ではなく機能低下であれば神経細胞を回復させる、というのが臨床応用に最も近い方法です。

網膜色素上皮細胞の細胞移植
 我々網膜再生医療研究チームでは、拒絶反応のない、十分量の、機能する移植細胞を求めて、自家iPS細胞由来の網膜色素上皮(RPE)細胞の分化誘導に成功し、さらに、形態・機能的に成熟したヒトiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞シートの作製に成功しました。
 ヒトの網膜は10層からなり、外側から、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経繊維(線維)層、内境界膜で形成されています。このうちの網膜色素上皮層の細胞(網膜色素上皮細胞:RPE)の障害が視力の低下をきたす疾患は多く、視力障害のうち大きな割合を占めています。代表的な疾患としては、加齢黄斑変性などが挙げられます。通常RPEは、生涯を通じて置き換わることのない組織で、加齢や大きな損傷の場合、修復することができません。そのため、治療には再生医療による細胞移植が必要となり、RPE移植については自家細胞から作成した細胞シートの移植が有用と考えられます。自家iPS細胞から作成したRPE細胞シートを用いれば、新生血管膜を手術で抜去した後に欠損したRPEを自分のiPS細胞から作った新しいRPEで置き換え・再生することが可能となります。

 現在我々のグループでは、iPS細胞からRPE細胞を分化させる培養法を臨床用に整え、品質評価基準の設定、Cell processing centerの整備を終えました。ヒトiPS細胞から、形態・機能的に成熟した安全性の高い純化された最終分化細胞シートが得られ、臨床用の培養法や施設の準備も整ったことで、今後は安全性の確認をへて臨床研究へと進む見込みです。(実際の臨床研究と同様の手順で作成したiPS細胞由来RPEの最終産物を腫瘍増殖因子とともに免疫不全マウスに移植するという最も過酷な条件の安全性試験での最終確認が残っています。)
 ただ、医師法のもとに行う臨床研究は研究費の範囲で可能ですが、臨床治験には数十億円という莫大な費用がかかります。一般的な治療にするためには、将来的に事業として成り立つような、採算のとれる治療法としての設計を行っていくことも必要です。

網膜機能の再生に向けて
 RPE移植の臨床応用が実現すれば、その経験は、次なるステップである真の中枢神経再生、すなわち視細胞移植にも必ず生かされるでしょう。我々網膜再生医療研究チームでは、網膜機能の再生という目標に向け、基礎と臨床の両面から、今後もアプローチを続けていきます。



図1 iPS細胞由来網膜色素上皮細胞。網膜色素上皮細胞は色素を持ちコロニーを形成して分化するので、顕微鏡下にピックアップして純化することができます。

fig2
図2 網膜細胞移植。網膜色素上皮細胞および視細胞が存在する網膜下(網膜と色素上皮細胞の間)に細胞シートを注入します。