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掲載機関:大阪大学 大学院理学研究科 高分子科学専攻 超分子科学研究室  掲載日:2012/03/02

分子間相互作用による物質の接着-「自分で自分を修復する物質」実用化へ向けて


  原田 明
  大阪大学 大学院理学研究科 高分子化学専攻 
  高分子構造・物性・機能論大講座
  超分子化学研究室

  Address: 〒565-0043 大阪府豊中市待兼山町1-1
  URL: http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/harada/






私たちの研究室では、ものが自己修復・自己増殖するシステムを人工的に創り出すための基礎的な研究を行っています。

現在私たちが注目しているのは、分子間に働くさまざまな相互作用であり、この相互作用を用いて、壊れたり傷ついたりしても自分で自分を修復する物質を様々な方法で構築しています。
私たちの開発した方法をもとに応用研究がなされれば、近きにせよ遠きにせよ将来様々な部分での実用化へとつながっていきます。
例えば、工学分野ではプラスチック材料の長寿命化の開発につながるでしょう。また、医療やバイオの分野でもさまざまな研究が期待されます。ずれたり破れたりしても自然に戻る体内用ガーゼといった細胞・組織固定材料としての開発、刺激応答性ドラッグデリバリーシステムへの応用、末梢血管の塞栓物質の創製などに道が開ける可能性があります。

ここでは、私たちが実際に行い、世界的にも評価を得ることができた研究を紹介します。今後様々な分野での応用を期待しています。


分子が好みの分子を見分けて接着―分子間相互作用による接着をマクロで実現―

生体系では、外部からの刺激に対する応答性、傷がついても時間経過とともに自然治癒される自己修復性など、生物が生きていくうえで不可欠な様々な機能が運用されています。このような機能を併せ持つ材料を構築することで実際の生物に近いマテリアルを人工系でも作ることが望まれています。
従来の研究では、分子のサイズであるナノメートルからマイクロメートルでの相互作用を観察してきましたが、これでは高倍率の顕微鏡を使わなければ研究・利用することはできません。実際にわれわれの目で見えるレベルでこのマテリアルを実現することが私たちの研究の目的です。

これまで、生体系にみられる高度な機能を人工的に構築しよう、という分野では、ある分子が特定の分子を特異的に認識するといった「分子認識」の概念を利用し、様々な機能を持つ分子を非共有結合でつなげる、という研究が行われてきました。

私たちの研究グループでは、この研究で、ホスト分子としてシクロデキストリンを用い、シクロデキストリンと結合する化合物をゲスト分子として、そのホスト=ゲスト相互作用を利用した多様な自己組織化超分子ポリマーの構造体を作り、マクロスケール(リアルワールド)で機能を発現させる研究を進めています。

今回は、これらのホスト分子とゲスト分子に、アクリルアミドゲルを導入し、「ホストゲル」と「ゲストゲル」を合成しました。アクリルアミドゲルはDNAやたんぱく質の分子量決定に広く用いられます。
合成した両ゲルを水中で振動させるとゲルが接着する様子が観察されました。
シクロデキストリンのホストゲルに1ナノメートル以下の大きさの輪を組み込み、ゲストゲルにはこの輪に入り込む物質を組み込みました。この輪と輪に入り込む物質が水の中で手を取り合うように結合したのです。

ミリメートルからセンチメートルの大きさの物体を、分子認識機能により自己集積できることを実証したのはこれが世界で初めてでした。
さらに、シクロデキストリンとゲスト分子の相互作用の違いによって選択的に特定のゲル同士を接着させることができることもわかりました。

(この研究は2010年11月18日”Nature Chemistry”オンライン掲載。)

 

(nature chemistry January 2011Vol 3No1より抜粋)


酸化還元に応じた接着性を示す自己修復材料の開発

この研究では、ゲスト分子として「フェロセン」という鉄を含む有機化合物に着目しました。フェロセンは、分子の電子状態の制御である「酸化還元」により、中性分子の状態とイオンの状態を可逆的に行き来することができます。
まず、水に溶けるひも状のポリマーに、シクロデキストリンを結合させたホストポリマーと、フェロセンを結合させたゲストポリマーをそれぞれ用意しました。両者の水溶液を混合することでひも状のポリマー同士は「ホスト=ゲスト相互作用」によってつながり、即座にゲルとなって固まりました。そして、フェロセンの部分を、中性分子の状態←→プラスイオンの状態を可逆的に行き来させ、固まったゲル状態と流動的なゾル状態の間で制御することに成功したのです。
また、ポリマー同士が弱い可逆的な相互作用によってつながっていることを利用して、いったんゲルを切断して引きはがしても、その傷が消えて元に戻るという自己修復性を確認、さらに、フェロセン部分のイオン状態を制御することで自己修復能力のオン/オフを切り替えることにも成功しました。

こうして、生体系にみられるような刺激に対する応答性、自己修復性を兼ね備えた新機能性材料を人工系で実現したのです。
今回のように酸化還元という刺激に応答して自己修復性を制御できるマテリアルは今までに報告例がありません。

(この研究は2011年10月26日に”Nature Communications”にオンライン掲載。)

(a) After standing for 24 h, two cut pAA-6βCD/pAA-Fc hydrogel (1+1 wt%) pieces were rejoined, and the crack sufficiently healed to form one gel. (b) Redox-responsive healing experiment of the pAA-6βCD/pAA-Fc hydrogel using oxidizing/reducing agents. A pAA-6βCD/pAA-Fc hydrogel (2 wt%) was cut in half, and NaClO aq. was spread on the cut surface. After 24 h, healing was not observed. Re-adhesion was observed 24 h after spreading GSH aq. onto the oxidized cut surface.

(Nature Communications October 25, 2011より抜粋)


光照射で材料の接着・解離をスイッチ

この研究ではゲストゲルに光応答性のある「アゾベンゼン誘導体」をゲスト分子に組み込みました。
このゲストゲルとホストゲルとを水中で振動させると即座にゲルが接着しました。ここに、365nmの紫外線を照射し攪拌すると、集積していたゲルは瞬く間に解離、その状態のところに430nmの可視光線を照射して攪拌すると、離れていたゲルは再び集まって集合体を形成しました。
シクロデキストリンゲル(ホストゲル)とアゾベンゼン誘導体ゲル(ゲストゲル)は、紫外線照射で材料の接着スイッチがoffに(解離状態)、可視光線照射でon(接着状態)になり、光照射でゲルの集積をon/off制御できることが分かりました。

また、結合力の異なる2種類のシクロデキストリンゲルを同じ存在下に置いたときのゲストゲルの挙動も観察しました。アゾベンゼン誘導体は光照射により構造がtrans体からcis体に変わります。結合力の弱いホストゲル(α-シクロデキストリンゲル)はcis体とは相互作用がとても弱く、結合力の強いホストゲル(β-シクロデキストリンゲル)はcis体とも強く結合します。α-シクロデキストリンゲルとゲストゲルを結合させた集合体と、βシクロデキストリンゲルを同じシャーレに入れ、紫外線を照射させて振動を加えると、すべてのゲルが解離した後に、ゲストゲルはβ-シクロデキストリンゲルと接着したのです。光照射によってtrans体からcis体に変化したゲスト分子の構造を、ホスト分子は認識して、より相互作用の強いホストとゲストの組み合わせに切り替わる様子もマクロスケールで観察できたのです。これも世界初の観察でした。

最後に、ホストゲルとゲストゲルがバラバラではなく、同一の高分子鎖に固定されていた場合の挙動も観察しました。光照射の変化によって同種のゲル同士が集積されるのではないかと考えたのです。一つのゲル中にα-シクロデキストリンとアゾベンゼン誘導体を固定したホスト=ゲスト共存ゲルを合成し、このゲルを数mmの立方体として切り出しました。水中で振動させるとこれらのゲルはすぐに接着し、この接着した集合体に紫外線を照射すると解離は、可視光線を照射すると再接着が観察されました。物質をナイフで切っても、その傷が元通りになったことが観察できたのです。

このように、光刺激の種類に応じてゲルがついたり、離れたり、さらに相手を組み替える様子は、ゲルが意思を持ったようにも見えます。「ある波長の光を当てるとパーツが離れ、別の波長の光が当たると接着する」特性を利用すれば、物質を必要に応じて光で解体・補修することが可能になります。

今後は、ゲルのみならず、様々な物体の表面に光応答性ゲストや対応するホストを固定することで、様々な材料を光刺激で切り取ったり、つなげたり、配列させることができるようになると予想しています。


(この研究は、2012年1月5日”Nature Communications”に掲載。)


生体の限界に挑む

自然界では生命が誕生し、一見「もの」とは対照的な存在とみなされてきました。ところが、分子生物学の発展により、生物も分子の集合体であり、分子間相互作用により、生命を維持する機能が働いていることが明らかにされてきたのです。

生物は確かに高度な機能を果たしているように見えますが、使用している分子や原子の部品は限られたものです。また、その情報を遺伝として伝えるために全面的にDNAに依存していて、そのために生物が使用できる分子は限られてしまいます。これに対して化学ではあらゆる原子、分子が部品として自由に使え、遺伝という生物のしがらみにとらわれずにすむのです。

このような自由さから、生体内では不可能な自己修復や自己増殖が化学の力で人工的に可能となり人々の暮らしを支えていくことができます。そのようなシステムを人工的に創ることができれば、すばらしいことでしょう。

現在では困難なことですが、生物はすでにやっていることです。DNAに頼らず、分子間のさまざまな働きが新素材や医療関係等において将来に大きな役目を果たすものと思われます。


基礎研究の充実が将来の実用化へとつながる

私たちの目指すシステムが実用化すれば、壊れたものがおのずから意思を持ったように自身を修復したり、これまでの治療では不可能だった傷ついた生体の修復が行えるようになったりするでしょう。しかし、それは簡単な道筋ではありません。
私たちは、一つ一つの基礎的な研究を腰を据えて行い、積み重ねてきました。今すぐには実現不可能に見えることも、数十年後に積み重ねてきた成果の中から思わぬ形で実用化の芽が現れたりすることがあるのです。
成果の分かりやすい応用研究は人々の注目度も高くなりますが、そのような応用研究も基礎的な研究の積み重ねがあってこそ成功するものです。


応用研究の道は基礎研究の上に花開くものですが、基礎研究は基礎研究のために行われる環境でこそ実ります。
今後も一つ一つの研究を大事にしながら、幅広い分野で花開く基礎研究を目指していきたいと思います。