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掲載機関:京都大学 ウイルス研究所 細胞生物学研究部門 増殖制御学研究分野  掲載日:2012/05/16

神経発生メカニズムの基礎研究-発生を制御する遺伝子発現リズム、成体脳ニューロン新生の分子メカニズム

  影山 龍一郎
  京都大学ウイルス研究所 教授
  
  address:〒606-8507  京都市左京区聖護院川原町 
  京都大学ウイルス研究所 増殖制御学分野
  E-mail: rkageyam@virus.kyoto-u.ac.jp
   







私たちの研究室では、主に神経発生に関する基礎研究を行っています。特に、脳形成のもとになる神経幹細胞に注目し、Hes1という遺伝子が神経幹細胞の増殖・維持に必須な役割を担うことを明らかにしました。Hes1についてさらに解析を進めたところ、この遺伝子は約2時間という短いリズムを刻むことがわかりました。同様のリズムは、体節形成過程を制御する遺伝子Hes7にも見られたので、リズム形成のメカニズムや意義を明らかにするために、体節形成に関する基礎研究も一緒に行っています。これらの研究を通じて、細胞増殖や分化の制御機構の解明、さらには再生医療技術の開発へとつなげたいと考えています。
また、以前は発生期にしか起こらないと思われていた新たなニューロンの形成(ニューロン新生)が、成体脳でも起こっていることが明らかにされてきました。ニューロン新生は、記憶・学習といった複雑な脳機能に深くかかわっていることが知られています。私たちは、成体脳におけるニューロン新生にも焦点を当てて、その制御機構を探っています。成体脳ニューロン新生のメカニズムを解明することによって、いろいろな神経疾患の分子機序の解明と新たな治療法の開発へ道筋が開けることが期待されます。

1.発生を制御する遺伝子発現リズム

発生過程では、あらかじめプログラムされたタイミングで細胞増殖や分化が起こり、組織が形成されていきます。このことから、発生過程の進行を制御する生物時計の存在が示唆されてきました。よく知られた生物時計には、約24時間周期のリズムを刻む概日時計があります。しかし、胎児では、1日のうちに非常に多くの発生現象が起こるので、もっと短い周期の生物時計が重要であると考えられています。現在、この生物時計の実体はよくわかっていませんが、唯一明らかにされてきたのが、分節過程を制御する「分節時計」です。
脊椎動物の発生では、前後軸に沿って節状の構造物である「体節」が作り出されます(図A)。体節は、椎骨、肋骨、骨格筋のもとになる組織で、一番尾側にある未分節中胚葉の先端部分がくびれ切れること(分節)によって左右一対ずつ形成されます。この分節は、マウスの場合は約2時間毎に繰り返し起こります。この周期的な分節過程を制御する生物時計は分節時計と呼ばれ、最近になってこの分節時計の分子機構がようやく明らかにされてきました。また、分節時計のような短い周期のリズムが、他の多くの細胞でも重要な役割を担っていることも分かってきました。

Hes7遺伝子
私たちは、マウスの未分節中胚葉(PSM)に特異的に発現する「Hes7」(bHLH型転写因子)を発見し、Hes7の発現は約2時間周期で振動(増減)していること(図B)、Hes7が周期的な体節形成に必須であることを明らかにしました。これは、以前から示されていた、マウスの体節形成の約2時間というリズムと一致します。
Hes7ノックアウトマウスでは、体節が癒合し、体節由来の椎骨やろっ骨も癒合しました(図C)。また、Hes7を持続的に発現させても体節が癒合することから、Hes7の発現振動が周期的な分節に重要なことが分かりました。さらに、Hes7の発現振動は数理モデルによってシミュレーションでき、数理モデルから予測される現象を実際にマウスに変異を導入することによって検証しています。その結果、Hes7タンパク質は自分自身の発現を抑制することで発現が振動すること(図D)、そしてその転写抑制活性と不安定性、およびイントロンによる発現タイミングの遅れの効果が発現振動に重要であることを明らかにしました。これらの一連の実験から、より正確な数理モデルで分節過程を表すことを目指しています。

Hes1遺伝子
近年、胚性幹(ES)細胞から様々な種類の細胞を分化誘導する方法が確立されてきています。しかし、いずれの方法においても、ES細胞は均一に分化するのではなく、個々の細胞がバラバラなタイミングで多様な細胞に分化していきます。なぜこのような多様な分化応答をするのか、そのメカニズムはほとんどが不明でした。 私たちは、Hes7と同じbHLH型転写因子である「Hes1」に着目し、以下に示す現象を明らかにすることができました。
まず、あるタイミングで観察したとき、個々のES細胞のHes1の発現量はバラバラですが、そのバラツキは、Hes1の発現の振動が細胞間で同調していないために生じていることが分かりました。
それでは、ES細胞の分化応答の多様性とHes1の発現の多様性には何らかの関係があるのでしょうか。そこで、Hes1の発現レベルが高い細胞と低い細胞に分けて、それぞれの分化能力を比較しました。その結果、Hes1タンパク質の発現が高い細胞群は初期中胚葉に、発現が低い細胞群は神経に分化しやすいことが分かりました。次に、Hes1の発現を失ったHes1ノックアウトES細胞株、並びにHes1を高発現するHes1過剰発現ES細胞株を使って分化誘導実験を行いました。その結果、Hes1ノックアウトES細胞は非常に高い効率で神経系に分化すること、一方、Hes1を高発現するES細胞株は初期中胚葉に分化することが分かりました。これらの結果から、分化誘導時のHes1の発現レベルによって、その後の細胞分化の方向性が決定されていると考えられました。
以上の発見により、Hes1発現の振動は、様々な分化の能力をもつES細胞を作り、幹細胞の不均一な分化応答に寄与していることがわかりました。遺伝子の発現振動は、同じ遺伝的背景を持つES細胞が、多様な細胞分化応答を可能にする細胞戦略の一つであると考えられます。

図 分節過程
A:マウス9日胚の体節と未分節中胚葉
B:未分節中胚葉におけるHes7の発現。個々の細胞ではHes7の発現が振動している。
C:Hes7ノックアウトマウスでは、体節が癒合し、体節由来の椎骨や肋骨も癒合する。Bessho Y, et al: Genes Dev (2001) 15: 2642-2647より転載。
D:未分節中胚葉におけるHes7の発現。Hes7遺伝子の転写とタンパク質の発現は交互に起こる。Hes7タンパク質が存在するときは、Hes7遺伝子の転写は抑制されている。

(細胞工学 Vol.30 No.12 (2011)より抜粋)

2.成体脳ニューロン新生の分子メカニズムとその機能的意義

成体脳ニューロン新生の発見以来、ニューロンを生み出す神経幹細胞の増殖・分化制御機構や、新生ニューロンの細胞移動・シナプス形成様式など多くの研究が精力的に行われてきました。ニューロン新生を阻害する遺伝子改変マウスを用いることで、高次脳機能との関わりについても明らかになりつつあります。また、近年、ESやiPS細胞等を用いた細胞移植医療などの再生医療の実現に向けた研究が精力的になされています。他の臓器とは異なり、脳の場合は、既存の神経回路に外因性の神経細胞を組み込ませた時に、神経回路ネットワークや高次脳機能にどういった影響を与えるかということは、解明すべき非常に重要な点です。
成体脳ニューロン新生はこれらの課題を克服するための重要な研究モデルとなることが期待されます。従来、ニューロンの産生は発生期にしか行われないと考えられていました。しかし、1990年代後半までには、ヒトも含めて哺乳類においてニューロン新生が成体でも続いていることが分かってきました。成体脳ニューロン新生の理解を深めることで、脳血管障害などによる脳損傷や神経変性疾患に対する再生医療の実現に向けた重要な基礎知識が得られるものと期待しています。

生体脳ニューロン新生のメカニズム
マウスやラットなどの成体脳では、側脳室周囲の脳室下帯と海馬歯状回の2カ所でニューロン新生が活発に起こっています。しかし、これまでは技術的な障害により、生体脳ニューロン新生のメカニズムの全体像はよく分かっていませんでした。私たちは、新たに作製した遺伝子改変マウスを用いて、マウス成体脳における新生ニューロンの組み込みと、脳機能の関連について解明を試みました。
新生ニューロンを蛍光たんぱく質で標識し、長期間観察を行った結果、側脳室周囲の脳室下帯由来の新生ニューロンは嗅球に移動し、古いニューロンに置き換わる形で組み込まれていました。一方、海馬・歯状回においては古いニューロンは脱落せず、新生ニューロンは追加される形で組み込まれていることが明らかになりました。

ニューロン新生と高次脳機能との関わり
海馬は脳の記憶中枢と考えられており、記憶や学習において非常に重要な役割を果たしています。歯状回は海馬へ信号が入ってくる際の入り口であり、この領域でニューロンの数が増えているということは、ニューロン新生が記憶や学習などの高次脳機能に何らかの役割を果たしていると予想されます。そこで、私たちは、ニューロン新生を阻害したマウスの行動学的解析を行いました。その結果、迷路を用いた空間学習テストにおいて空間記憶は形成されるものの、記憶の長期保持能が野生型マウスよりも顕著に低いことが示されました。また、恐怖条件付けテストでは、状況記憶の低下が観察されました。これらの実験結果から、海馬でのニューロン新生は、記憶や学習などの高次脳機能に積極的に関与しているものと考えられました。また、自由に活動できる環境にマウスが置かれると、海馬でのニューロン新生はより活発に起こる事が知られています。ニューロン新生は、単なる空間記憶や状況記憶の向上だけではなく、記憶の関連性・同時性や、記憶の忘却、情動や社会性の制御など、より複雑な脳機能に関与している可能性もあり、より詳細な行動解析が必要になると考えています。
一方、ニューロン新生を抑制すると嗅球には古いニューロンが脱落した後に空洞が形成されました。しかし、驚いたことに嗅球に依存した匂いの識別や記憶に関しては、異常は見つかりませんでした。次に、天敵臭に対する反応をしらべたところ、正常マウスもニューロン新生を抑制したマウスもどちらも忌避反応を示しました。ところが、天敵臭と報酬(エサ)を同時に提示すると、正常マウスはやはり忌避反応を示すのに対して、ニューロン新生を抑制したマウスは天敵臭に近付きエサを食べるようになり、さらにエサ無しでも天敵臭に近付くよう条件付けもできました。また、ニューロン新生を抑制したオスはメスに対して明らかな性行動を示さなくなりました。一方、ニューロン新生を抑制したメスは妊娠率の低下や子育て放棄を示しました。このように、ニューロン新生が抑制されると、嗅覚に依存した応答(匂い応答)の中で先天的にプログラムされたものに異常が見られました。本能のような形で生物に備わっていると考えられる行動や応答が、成体脳で新たに生まれるニューロンになぜ依存しているのか、というのが次に答えるべき大きな問題です。この他にも様々な脳の未解決の疑問に対し、私たちは遺伝子操作技術と組織学・生理学や行動学を組み合わせて研究を進めています。成体脳ニューロン新生の全体像と機能的意義の解明、さらには脳機能改善への応用に貢献できればと思っています。