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掲載機関:大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫アレルギー内科 感染病態グループ  掲載日:2012/05/28

難病治療に新たな知見をもたらすセマフォリン分子機能の最新研究

 熊ノ郷 淳 
 大阪大学大学院 医学系研究科教授

 Address: 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2
 E-mail: kumanogo@imed3.med.osaka-u.ac.jp










「セマフォリン」は、1990年代に、発生過程における神経軸策の方向性を決定する「神経ガイダンス因子」として同定された分子群ですが、私たちは、2000年に免疫系でセマフォリン分子CD100/Sema4Dを単離することに成功、その後、このCD100/Sema4Dの免疫系でのどのように機能しているかを解析していく中で、セマフォリン分子が免疫系においても重要な役割をはたしていることを明らかにして来ました。
(→Immune regulation by semaphorins and their receptors
また、セマフォリンの機能は器官形成、血管新生、がんの進展への関与など、多岐にわたることも明らかになっています。セマフォリン分子群の働きを強めたり弱めたりすることで、いろいろな病気を治療することが出来る可能性も出てきました。セマフォリンに働きかける新しい薬の創薬研究も盛んになっています。
(→生命現象のナビゲーター「セマフォリン」

今回は、私たちの最新の報告から、セマフォリン4A とセマフォリン3Aの新たな機能について紹介します。

1.網膜色素変性症の新しい発症機構の発見

網膜色素変性症は、失明を起こす3大疾患の一つです。網膜に存在する視細胞は、何らかの仕組みで保護されており、通常は光を浴び続けても細胞死には至りません。しかし、この保護機構が破綻することで網膜色素変性症が起こると考えられています。そして、色素上皮細胞が視細胞の保護や生存に重要であると考えられていましたが、そのメカニズムは謎につつまれていました。
今回、私たちのグループでは、イメージング技術と生化学的手法を駆使することで、色素上皮細胞から分泌される保護物質を同定することに成功しました。そして、この物質の輸送および分泌が、セマフォリン4Aによって担われていることを発見したのです。
この発見は、セマフォリンの機能に関して、全く新しい知見をもたらしました。
これまで、セマフォリンは「細胞の外」で働くと考えられていたのですが、今回の発見によって、セマフォリン4Aは「細胞の中」で機能していることが見出されたからです。

セマフォリン4Aの細胞内物質輸送制御

セマフォリン4Aは、色素上皮細胞内で2つの細胞内物質輸送を制御していることが明らかになりました。
一つは、光刺激に対する視細胞防御機構の制御です。今回私たちは、色素上皮細胞から分泌される「プロサポシン」が、光刺激から視細胞を保護する物質であることを突き止めました。細胞内でのセマフォリン4Aの働きによって、このプロサポシンが色素上皮細胞外へ放出されることも明らかにしました。
もう一つは、レチノイド再生のための輸送系制御です。光刺激を受けた視細胞内ではレチノイドが変性します。この変性レチノイドは色素上皮細胞に戻され、そこで新たなレチノイドに再生されます。私たちは、セマフォリン4Aがレチノイド結合たんぱく質と結合し、色素上皮細胞へのレチノイド移動の方向性を決めていることを明らかにしました。セマフォリン4Aの欠損マウスでは、レチノイド結合たんぱく質は色素上皮細胞に移動できなかったのです。

今回の発見により、セマフォリン4Aは、網膜色素変性症の治療ターゲットとしても研究が進められることが期待されます。また、セマフォリンは、従来「細胞の外」で機能すると考えられてきましたが、今回セマフォリン4Aが「細胞の中」での物質輸送のナビゲーション機能を果たすことが明らかになったことは、生物学的にも重要な発見です。セマフォリンの研究に全く新しい知見をもたらしたといえるでしょう。


2.セマフォリン4Aによる多発性硬化症の治療法スクリーニング

多発性硬化症は、感覚障害や運動障害を起こす神経疾患です。多様な神経症状が再発と寛解を繰り返す難病で、日本では特定疾患に認定されています。一般的にはインターフェロンβという治療薬がまず使われますが、患者によっては効果がないばかりか、悪化する場合もありました。
多発性硬化症発症のメカニズムはよく分かっていませんが、免疫機構におけるT細胞の活性化や分化が関わっているということは明らかにされていました。多発性硬化症のような自己免疫疾患の発症においては、「Th17細胞」が、自己の組織の炎症・損傷を促していることも分かっています。実験的自己免疫性脳脊髄炎の動物モデルでは、T細胞の活性化や分化の過程で、セマフォリン4Aが重要な役割をはたしていることも示されてきました。

そして今回私たちは、セマフォリン4Aが多発性硬化症患者の血液中には多くみられる、という発見をしました。またセマフォリン4A の血液濃度が高い患者は、Th17細胞の偏倚も見出しました。セマフォリン4AがTh17細胞の分化を促進することで、症状が発生する可能性が示唆されたのです。
セマフォリン4Aは、細胞の表面に付着し、周囲の免疫細胞を集める働きがあります。今回、セマフォリン4Aが細胞から離れてしまうことで血液中に放散し、症状の進行が加速される可能性があることが分かったのです。セマフォリン4Aの血中濃度が高い患者では、重篤な症状が見られ、インターフェロンβも全く効かないことも明らかになっています。
薬が効かない患者を、セマフォリン4Aの濃度でスクリーニングし、彼らには治療の初期から別の薬を使えば効果が上がる可能性があります。今回の発見が、多発性硬化症の治療に新しい知見をもたらすでしょう。
今後は、多発性硬化症患者では、なぜセマフォリン4Aの血液濃度が増加するのか、そのメカニズム解明をさらに進めるとともに、セマフォリン4Aを治療ターゲットとして研究を進めることも期待されています。


3.セマフォリン3A による骨の保護

東京大学免疫学教室の高柳広先生との共同研究から、骨芽細胞が分泌され破骨細胞の働きを抑え且つ破骨芽細胞の成長を促進する分子としてセマフォリン3Aが同定されました。

具体的には以下の3つの役割をセマフォリン3Aは果たしています。
(1)破骨細胞および骨芽細胞上に発現するたんぱく質(受容体)「ニューロピリン-1(Nrp1)」を介して「プレキシンA」に作用し、破骨細胞分化を抑制するとともに骨芽細胞分化を促進する
(2)破骨細胞分化に関わるシグナルの1つ「ITAM(アイタム)」シグナルを抑制する
(3)破骨細胞の運動能力に関わる「RhoA」シグナルを抑制し、破骨細胞が骨芽細胞に近づこうとする動きを妨げ、骨芽細胞と接することで誘導される破骨細胞の分化を抑制する

セマフォリン3Aの機能を失ったマウスでは、骨の吸収は進む一方で、骨芽細胞の数も骨形成率も異常に低下、骨量が減少してしまいました。セマフォリン3Aの働きが失われたことで破骨細胞の分化が抑制されず、さらに骨芽細胞の分化は促進されないためだと考えられます。
その他にも、セマフォリン3Aが、正常なマウスの骨量を増加させたり、骨を損傷させたマウスの骨再生を促進させたりすること、骨粗しょう症を発症させたマウスでは、セマフォリン3Aが骨量の減少を食い止めることも明らかになりました。
現在、骨の形成を促進させる薬剤はほとんどなく、これまでの骨の量を増加させる治療薬は、破骨細胞の働きを抑えるものが中心です。しかしこのような薬剤は、破骨細胞の働きを抑えたとき、骨芽細胞の働きも抑えてしまう性質があるため、大きな効果は望めませんでした。今回の発見から、セマフォリン3Aは、破骨細胞分化を抑制できると同時に骨芽細胞分化を促進できることが分かり、新たな治療薬として研究対象となりうることが証明されました。高齢化やステロイド の骨粗鬆症治療の新たな治療標的の発見といえます。セマフォリン3Aをはじめとして、セマフォリン3A-Nrp1経路を活性化する治療法が、骨粗しょう症などの骨関連疾患に対して強い治療効果を発揮すると期待されます。