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掲載機関:Japanest NIPPON   掲載日:2011/09/01

デジタルアーカイブとコンテンツの研究 【東京大学 馬場章】

デジタルアーカイブとコンテンツの研究 【東京大学 馬場章】

研究室の紹介


先端研究への取り組みを紹介する本誌の趣旨からややそれるかも知れないが、ここでは、東京大学の私の研究室の方針や研究内容について紹介させていただきたいと思う。

東京大学大学院情報学環の私の研究室は、2000年4月の情報学環の設立と同時に開設された。したがって、今年でちょうど10周年を迎えることになる。当初は歴史情報論の研究室として、新たな歴史資料として注目されていた古写真を歴史写真と捉え直し、その資料化のための理論と方法を研究し、その実践として画像(写真)資料データベースを構築する研究を行っていた。しかし、次第にデータベースのシステムよりもデータそのもの、つまりデジタルコンテンツの創造を重視するようになり、今日では、デジタルコンテンツとデジタルアーカイブを研究の両軸としている。このようにテーマが拡大するにしたがって、研究室の規模も拡大し、設立時には教員1名と大学院生2名の計3名でスタートしたが、現在では、教職員(常勤)3名・研究員(非常勤)4名・国際研究員(PD)1名・大学院生18名(うち留学生6名)・特別聴講生(交換留学生)2名・外国人研究生1名・撮影スタッフ(非常勤)2名、計31名の大所帯に成長した。単純化すれば、10年間で10倍の成長ということになる。

私の研究室のモットーは、1)教育と研究の統一、2)国際活動の重視、3)産学連携の推進、の3点である。1)に関しては、いわゆるプロジェクトベースの教育と研究を進めている。研究室では、以下に紹介するように、いくつかの大型プロジェクトに取り組んでおり、学生は自分の問題関心に応じてプロジェクトに参加しながら、自身の研究も進めている。次に、2)については、近年とくに韓国や台湾など東アジアの大学との交流を重視しており、海外の大学と共同でワークショップを開催している。また、学生の国際会議における研究発表と海外留学を奨励しており、研究室の学生のうち、いつも誰かが海外に滞在しているという状況である。また、海外からの留学生の受け入れも積極的に進め、2010年の春には、研究室のなかの日本人と外国人の割合が拮抗する予定である。そして、3)に関しては、常に複数の民間の企業等と積極的に共同研究を進めている。とくに、2009年度には、わが国を代表するゲーム会社である株式会社バンダイナムコゲームスとリサーチインターン派遣の契約を結んでおり、これは、インターン制度が普及しつつあるわが国でも初めての試みとなった。


図1
【図1】 統合アーカイブシステムのトップ画面


デジタルアーカイブ系の研究

私の研究室では、2004~2009年度の5年間にわたり、21世紀COEプログラム「ユビキタス情報社会基盤の形成」(拠点リーダー坂村健東大大学院教授)において、ユビキタス情報コンテンツの生成というプロジェクトを担当した。ユビキタス社会における新たな知識創造を可能とするデジタルコンテンツの開発と、それを格納して稼動するシステムの構築とを目標とした。このプロジェクトが具体的に対象としたのは、弥生式土器の発見者として知られる坪井正五郎(1863-1913)関係資料、日本で最初の商業写真師といわれる上野彦馬(1838-1904)が撮影した写真、現在も火山活動を続ける浅間山の過去の噴火の様子を伝える絵図資料、そして、江戸時代後期に地理学者長久保赤水(1717-1801)が製作した日本全図(正式名称は「改正日本與地路程全図」、略称は赤水図)などである。私の研究室では、これらをとくに「文化資源」と呼ぶ。文化資源という呼び方には、例えば文化財と呼んだときのように資料を静態的に捉えるのではなく、より積極的な利活用を図るという意味が込められている。

21世紀COEプログラムにおいて私たちが目標のひとつとしていたのは、多様な分野や形態・形式、そして内容からなる資料や資料群に対して統一したメタデータエレメントセットを設計することである。私たちのプロジェクトでは、ウェブ向け書誌データ用として開発されたダブリンコア(Dublin Core)を拡張したエレメントセットを考案して使用した。そして、それはたんに書誌データだけでなく、実際にあらゆる文化資源のメタデータとして機能しうることを証明した。

その証明の方法として、21世紀COEプログラムの私たちのプロジェクトでは新たなシステムの開発も行っている。多様な分野にまたがる文化資源の多様なフォーマットのデータを統一的に処理するシステムとして「文化資源統合アーカイブ」システム(http://crarch.chi.iii.u-tokyo.ac.jp/、ログインするには登録が必要だが現在新規受付を停止中)を開発したのである(図1)。多様な分野の資料、静止画・動画、二次元・三次元の画像データ、さらに音声データに対して統一されたメタデータを付し、ひとつのシステムに格納したのである。そして、文字列による検索だけでなく、時間・空間情報による検索、さらに事物のつながりによる検索を実現して、分散して存在するデジタルデータや一見関連が無いように見えるデータの新たな連関を提示し、検索結果をもとに新たな知識の創造につなげることを意図した。このシステムは、21世紀COEプログラム終了後、大学院情報学環に付属する社会情報研究資料センターにデータとともに移行すべく、現在作業が進められている。

なお、21世紀COEプログラムの終了後は、そのフォロー研究として、2009年度から3年間の計画で、とくに歴史写真に特化させたアーカイブ研究を引き続き行っている(科学研究費補助金 基盤研究(A)「歴史情報学に基づく明治初期社会モデルの研究-写真資料を用いた華族社会構造の解析-」)。

わが国には幕末に写真と写真技術が伝来し、まもなく商業写真師を生んで、明治・大正期には写真館(現在の写真スタジオ)が商業的に隆盛を極めた。その結果、貴重な古写真が現在も多数残されており、それらは歴史叙述にしばしば引用される。しかし、古写真の史料的価値は、古文書や古記録などの文字資料(文献資料)に基づく記述を補完するに過ぎない。私たちは、前述したように、古写真がもつ多様な画像情報に注目し、古写真を歴史資料として用いるための理論と方法の開発を目指している。そのために、古写真を「歴史写真」と呼び替えているのである。この研究は、いわば私の研究室の原点に回帰したテーマと言うことが出来る。

ただし、たんなる原点回帰ではない。今次のプロジェクトでは、とくに名刺判写真を取り上げて、その残存状況と画像の読み取り、さらに史料批判を加えて、明治・大正期のヒューマンネットワークを解明することを目的としている。名刺判写真とは元来カルト・ド・ビジット(Carte de Visite)という名称で、フランス人のアンドレ=アドルフ=ウジェーヌ・ディスデリ(André-Adolphe-Eugène Disdéri)が発明し1854年に特許を取った小形の写真である(図2)。本来は文字通り名刺として用いられており、写真の裏面に、写真の贈り主と贈り先、さらに日付を記すことが多かった。その後、名刺判写真は本来の用途を離れて、今日で言うブロマイドのように大量に増し刷りされて市中に流通した。ブロマイドとしての名刺判写真は、写真館の収入としても重要だったという。しかしながら、私たちが取り上げるのは名刺判写真一般ではなく、贈り主や贈り先が明確で本来の目的で使用された、素性の確かな名刺判写真である。そのような名刺判写真を広く調査・収集し、デジタル化してデータベースを構築して、名刺判写真の制作と流通を分析し、その時代のヒューマンネットワークの解明を目指している。

このプロジェクトは始まったばかりであるが、すでに、重要な歴史写真の発見と新事実の解明を行っているので、2010年には、それら の成果を科研の中間報告として順次公表する予定である。


図2
【図2】 新発見の坂本龍馬の名刺判写真(左:表面、右:裏面)


デジタルコンテンツ系の研究

私の研究室では、デジタルコンテンツのうち、とりわけエンターテインメントの分野でさまざまなタイプのコンテンツについて研究も行っている。つまり、デジタルゲーム、アニメ、映画などの研究である。エンターテインメントコンテンツ研究の視点は非常に多様であり、経営学や経済学の分野、社会学や心理学の分野、文学や美学の分野、そして理工学の分野でのコンテンツ研究がある。さらに、それらを横断する学際的な研究もある。また、基礎的というよりも応用的、あるいは実践的な研究であると言えよう。

  現在、私の研究室では、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究(CREST)として「オンラインゲームの教育目的利用の研究」を行っている。オンラインゲームはインターネットを利用して対戦するデジタルゲームの方式で、ネットゲームとも呼ばれる。ビジネスとしても注目されており、韓国や中国ではコンソールゲーム(専用機を用いるゲーム)をはるかに超えて流行している。

しかしながら、オンラインゲームはもとより、わが国では、ともすればデジタルゲームそのもののマイナス面が喧伝されることが多く、その本質や可能性については一般の認識が遅れていると言わざるをえない。とくに、デジタルゲームと教育や学習の関係では、ゲームをすると勉強時間が減って成績が下がるとか、デジタルゲームで遊ぶと外で遊ぶ機会が減って体力や運動能力が低下して肥満になるなど、ゲームのイメージを損なう言説が非常に多い。

それに対して私の研究室では、オンラインゲームを実際の授業に導入して、教育効果の有無を測定すると同時に、教育効果をあげるゲームの活用法の開発を行っている。

具体的には、株式会社コーエーテクモゲームスから公開されている『大航海時代Online』(図3)を高等専門学校の学生に歴史(日本 史・世界史の科目)の授業中にプレイしてもらい、通常の講義形式の授業と比較して、教育効果を測定している(図4)。『大航海時代 Online』は歴史シミュレーションMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)と呼ばれるオンラインゲー ムで、15世紀中ごろから17世紀中ごろまでのヨーロッパ人の世界進出をテーマに、インターネットを通じて一度に大勢のプレイヤがサーバにアクセスして遊ぶゲームである。


図3
【図3】 『大航海時代Online』のゲーム画面


私たちは、『大航海時代Online』を教育に導入することによって、次のようなメリットが存在すると仮定している。それは、1)歴史の学習に対するモチベーションの形成、2)歴史の知識の増大と定着の促進、3)歴史観・時代認識の獲得、4)人格形成の実現、という4つあり、1)から 4)へと次第に高次に至る仮説となっている。3)は歴史教育の目標であり、4)は教育そのものの目標でもある。

研究授業では、a.通常授業の学級、b.オンラインゲームのみをプレイする学級、c.オンラインゲームをプレイし課題を解決する学級に分けて、社会心理学の方法などを使用して、教育効果を比較している。その結果、オンラインゲームのみをプレイした学級において、 歴史学習に対する関心が最も増大しており、また、コミュニケーション能力などの社会的スキルは、オンラインゲームをプレイし課題を 解決した学級において最も増大した。さらに、後者の学級では、定期試験の平均点や順位なども上がった(研究の中間報告については、『テレビゲームのちょっといいお話5』を参照。同誌はhttp://research.cesa.or.jp/handbook/handbook2008.pdfで閲覧・ダウンロードが可能)。

つまり、オンラインゲームのプレイは協調学習を促して、知識の獲得や成績の向上に貢献すると考えられるのである。2010年は、どのようなオンラインゲームをどのように教育に活用するかという、オンラインゲームの評価指標の確立と導入マニュアルの作成に取り組む予定である。


図4
【図4】 研究授業でゲームをプレイしている様子


ところで、たんなるエンターテインメントだけでなく社会的問題の解決に役立つゲームをシリアスゲーム(serious game)と呼んで、現在、欧米や東アジアで注目されている。シリアスゲームは教育や学習だけでなく、訓練、医療・リハビリ、公共政策、広告・宣伝などの分野で広く活用されている。従来のシリアスゲームの研究は、これらの分野で有効なゲーム開発することが中心になってきたが、近年では、エンターテインメントのデジタルゲームを上記の目的に転用・応用する研究や開発したゲームの効果を測定する研究がさかんになっており、私の研究室で行ってきたプロジェクトは、世界的に見てもそれらの新しい研究動向の嚆矢となった。

なお、研究室では上記の研究のほかにも、小学生を対象に、オンラインゲームを用いた情報モラル教育の実践研究や、同じく小学生 を対象にした漢字学習ゲームソフトの開発と評価研究なども行っている(図5)。


図5
【図5】 漢字学習支援ゲーム『Magic Seal』の文字練習画面


デジタル社会の未来へ

以上紹介してきたように、私の研究室では、デジタルアーカイブ系の研究とデジタルコンテンツ系の研究を両軸として、日々の教育と研究を進めている。ともすると両テーマは大きく乖離しているように見えるが、私たちにとって両者は同じ次元に属している。

デジタル技術が急速に発展して私たちの生活のすみずみまで行き渡り、現代がデジタル社会あるいはデジタル時代と呼ばれるように なって久しい。コンピュータやインターネット、さらには携帯電話など、デジタル技術は、たしかに私たちの生活に格段の利便性を実現し たと言える。しかし、デジタル技術がもたらしたものは光だけではなく、闇も生んだことは間違いない。そして、その闇が存在するがゆ えに、デジタル技術の成果に対するマイナスの言説も存在し、インターネット、携帯電話そしてデジタルゲームなどを子ども達から引き離そうとする動きさえ見られるのである。

しかしながら、過去を振り返ってみれば、私たち人類は、つねに新しい技術やメディアを生み、それらを使いこなしてきた。グーテンベルクが発明した印刷術やベルが発明した電話は、その時代の人々から激しい批判を浴びもしたが、多くの人々はそれらを使いこなす術を身に付け、生活豊かにしてきたのである。ラジオやテレビなどのメディアも同様である。

残念ながら、私たちの社会は今眼前で起きているデジタル技術の進歩に追いついていない、あるいは対応しきれていないのである。急速に、かつ高度に進歩する技術は、人々に不安を生じさせさえしている。そのような状況の下で、私たちに肝要なのは、デジタル技術を使いこなすリテラシーであろう。

私の研究室の目標は、デジタル技術を核に置き、新たな知識創造のシステムを作り上げることであり、また、エンターテインメントのコンテンツを生み出すことである。そのような大きな目標のもとに、いわば過去を見渡すアーカイブ系の研究と未来を展望するコンテンツ系のプロジェクトを配置しているのである。

私の研究室では東京都品川区立立会小学校との交流を進め、同校の6年生を東京大学に招いて特別授業と構内見学を行う「1日東 大生」を行っている。この取り組みは地元の大井銀座商店街振興組合(後藤邦夫理事長)と共同で、6年間続いている。特別授業では 研究室の研究を小学生にも分かりやすく解説している。私の研究室では、このような社会貢献活動も重要な取り組みとして位置づけて いる(図6)。


図6
【図6】 立会小学校1日東大生(2009年11月)





馬場 章 教授
馬場 章 教授
東京大学大学院情報学環


Address: 〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1 東京大学大学院情報学環
URL: http://chi.iii.u-tokyo.ac.jp



Profile
ばば あきら 1958年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。東京大学史料編纂所助手を経て、同所助教授。2005年より現職。研究テーマは、デジタルコンテンツとアーカイブ研究。