HOME > SALE > 数学と理論物理、実験物理と天文学を融合し、宇宙についての根源的な謎に迫るIPMU

一覧へ戻る

掲載機関:Japanest NIPPON   掲載日:2011/08/20

数学と理論物理、実験物理と天文学を融合し、宇宙についての根源的な謎に迫るIPMU

数学と理論物理、実験物理と天文学を融合し、宇宙についての根源的な謎に迫るIPMU

数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe、略称IPMU)は数学と理論物理、実験物理と天文学を融合し、宇宙についての根源的な謎に迫ろうとする研究機構です。東京大学の柏キャンパス(最寄り駅は秋葉原から電車で30分の柏の葉キャンパス)に本拠を置き、神岡にもサテライトを設置します。英語を公用語とし、現在5 割以上の研究者が外国人で、真の国際拠点になることを目指しています。文部科学省の世界トップレベル研究拠点(World Premier International Research Center Initiative、略称WPI)に採択され、2007 年10 月1日に東京大学に発足しました。この小文ではIPMU で目指すサイエンス、WPI プログラム、IPMU の現状について解説し、IPMU の活動に皆様のご参加を呼びかけたいと思います。

目指すサイエンス
IPMU で目指すのは数学と理論物理、実験物理と天文学の研究者を結集して人類誕生以来の宇宙の謎に迫ることです。
宇宙はどうやって始まったのか?
宇宙は何でできているのか?
宇宙はこれからどうなるのか?
宇宙の基本法則は何か?
宇宙にどうして我々が存在しているのか?
こうした疑問は何千年もの間、形而上学・哲学・神学の領域でしたが、近年の実験技術・理論の進歩で徐々に自然科学の対象になってきました。これを更に推し進めるのがIPMU の目的です。
ご存知のように、我々の宇宙像はここ5–10 年で革命的な変革を遂げました。「万物は原子で出来ている」といわれていましたが、原子は宇宙のエネルギー密度の5% にも及ばないことがわかっています。物質のほとんどは暗黒物質と呼ばれる未知の物質で、ビッグバン初期(10-10秒以前)に出来た未発見の素粒子であると考えられています。これが宇宙のエネルギー密度の約23%を占めています。残り約73% は暗黒エネルギーと呼ばれ、負の圧力を持ち、宇宙の膨張に伴ってエネルギーを増やし、その結果宇宙膨張を加速して宇宙を引き裂いています。暗黒エネルギーは暗黒物質以上に正体不明です。これが「宇宙は何で出来ているのか?」という問題です。
更に「宇宙はこれからどうなるのか?」という問いは暗黒エネルギーの性質にかかっています。宇宙の「冷たい死」はビッグバン宇宙の避けられない予言ですが、その具体的な内容は大きく違ってきます。暗黒エネルギーは宇宙の膨張とともにどんどん増えて更に宇宙を引き裂いていると考えられていますが、その増え方次第で宇宙の運命が変わってきます。暗黒エネルギーの増え具合がそれほど大きくなければ、宇宙の加速膨張が続いて遠くの銀河はどんどん我々の視野を超えて見えなくなりますが、Local Groupと呼ばれる天の川銀河周辺の銀河の集まりは自分たちの重力にに縛られてそのまま視野に残ります。つまり夜空の見かけは大きくは変わらず、天の川銀河の天文学は続きますが、宇宙の研究はいずれ不可能になります。一方暗黒エネルギーの増え具合が大きいと、いずれは銀河どころか原子ですら加速膨張に引き裂かれてバラバラになってしまいます。
また、宇宙には原子はあるものの、その反物質はありません。宇宙初期に遡れば反物質も作られたのに違いないので、反物質1,000,000,000に対して物質1,000,000,001 が対消滅してごくわずかの物質(10-9)が残ったことになります。このわずかのアンバランスが無ければ物質と反物質は全て対消滅して宇宙は殆ど空っぽになったはずです。どうしてこのわずかのアンバランスが生まれたのかはわかっていません。これが「宇宙にどうして我々が存在しているのか?」という問題です。
一方ビッグバンは一般相対性理論を使う限り無限密度の空間的特異点となり、現在の物理法則は全て破綻してその性質・起源を議論することができません。この特異点を解消する量子重力理論を築くことが必要です。また、ビッグバン直後にインフレーションという時期があり、生まれたばかりのミクロの宇宙を現在見られるようなマクロの宇宙に引き延ばし、その際量子論的な揺らぎが「古典化」して現在見られる宇宙の構造の種になったと考えられていますが、まだその直接的な証拠はありません。「宇宙はどうやって始まったのか?」というのはこれらの問題を指しています。
そしてビッグバン特異点の解消等の問題を解決する為には明らかに「宇宙の基本法則は何か?」という問題に帰結します。ストリング理論、そして密接に関わって発展している幾何学、代数、解析やひいては数論にまたがる数学の進歩が必要になってきます。
こうして数学と物理学・天文学を融合した新しい形の研究組織が必要になってきています。IPMU では数学者、理論物理学者(ストリング理論、数理物理、素粒子現象論、宇宙物理)、実験物理学者(加速器実験、地下実験)、天文学者を揃えて互いに刺激を受けあい、自由に議論して新しいアイディアが生まれるような環境を作ろうとしています。
このため東京大学を中心として主任研究者20 名が集結し、新しい機構を作る提案を進めました。発足当初のメンバーと所属は表1になります。


図1
【図1】 宇宙のエネルギー内訳。空に見える星はごくわずか。宇宙のほとんどは暗黒物質と暗黒エネルギーで、その正体はわかっていない。

機構長 村山斉 素粒子理論 Univ. California, Berkeley
副機構長 相原博昭 素粒子実験 東京大学物理
鈴木洋一郎 素粒子実験 東京大学物理
主任研究員 福来正孝 天体物理学 東京大学宇宙線研究所
井上邦雄 素粒子実験 東北大学物理
神保道夫 数学 東京大学数理
梶田隆章 素粒子実験 東京大学宇宙線研究所
Stavros Katsanevas 素粒子実験 Universit Paris 7
河野俊丈 数学 東京大学数理
中畑雅行 素粒子実験 東京大学宇宙線研究所
野尻美保子 素粒子実験 KEK
野本憲一 天文学 東京大学天文
大栗博司 素粒子理論 Caltech
斎藤恭司 数学 京都大学数理解析研究所
佐藤勝彦 天体物理学 東京大学物理
Henry W. Sobel 素粒子実験 Univ. California, Irvine
David Spergel 天体物理学 Prinston
杉山直 天体物理学 名古屋大学物理
土屋昭博 天体物理学 名古屋大学数理
柳田勉 素粒子理論 東京大学物理
【表1】 発足当初のメンバー

WPI プログラム
文部科学省のWPIプログラムは今までの大学・研究関係予算とは違う新しい資金です。小泉内閣時代に松田科学技術政策担当大 臣を中心に閣議決定され、総合科学技術会議で構想を練り、文部科学省の科学技術・学術戦略官を中心に具体化して、学術振興会 が運営しています。学術振興会のウェブサイトでは「本プログラムは、高いレベルの研究者を中核とした世界トップレベルの研究拠点の形成を目指す構想に対し集中的な支援を行い、システム改革の導入等の自主的な取組を促すことにより、研究水準の一層の向上を図るとともに、世界第一線の研究者が是非そこで研究したいとして集まってくるような、優れた研究環境と極めて高い研究水準を誇る『目に見える拠点』の形成を目指します。」と記述されています。
研究者が研究に専念できる環境を作る為に、教育の義務は無く、教授会や教室会議のようなものを避けて拠点の運営は拠点長による 『トップダウン的な意志決定システム』によることになっています。また、外国の研究者を招聘できるように『能力に応じた俸給システム』を導入することになっています。こうした従来の日本の国立大学に無いシステムを導入することによって、政府は大学自体の制度改革につながることを狙っています。
このプログラムにはいくつかの大きな特徴があります。まず第一に国際拠点であること。そのために公用語は英語と定められています。また、研究者の3割以上が外国人でなければいけないことになっています。第二に規模が世界的に『目に見える』だけの大きさがあること。ガイドラインとしては事務・サポートスタッフを含めて200人以上、とされています。大雑把に言って大学の教室一つ程度の規模です。第三に資金は研究者が「物理的に集結」するためのものであり、実験プロジェクト等に使う資金ではないということです。実際、拠点の資金『同程度以上のリソース』を確保することが求められています。
WPIプログラムは全体で年間約70億円の予算で実施されます。各拠点は毎年度5–20 億の予算を申請し、各拠点の状況を調査する ワーキンググループ、更にその結果を受けて5拠点全部を評価するプログラム委員会を経て、各拠点への交付額が決定されます。5拠点平均で約14億円の予算になります。
また、WPIプログラムは10年の時限付きです。最初の5年間の進展を見て審査され、予算が増減されます。そしてその5年後には更 に厳しい審査があり、場合によっては5年間延ばすことがあります。延長の如何に関わらず、うまく行っていればこれだけの組織を完全に解消することは日本では考えにくいので、何らかの形で継続していくと期待しています。機構としても継続する為の資金集めを心がけています。

組織
こうした目的の為には研究者が従来の大学のしがらみに縛られず、また年齢や身分にもとらわれずに、自由に研究できる環境づくりが大事です。そのためIPMUでは特に若い研究者がのびのびと仕事ができることに配慮して組織作りをしています。
従来の日本の大学組織では講座制が元になっており、教授が特定の分野を代表した講座を持ち、その下に准教授、助教を配置し、学 生を指導してその分野の発展を図る形になっています。一方、IPMUでは分野融合ですから特定の分野を代表する人の必要はなく、講座制はむしろ邪魔になります。そこで教授・准教授・助教の間には基本的には区別が無く、分野間に垣根の無い、「フラットな組織」になっています。運営の責任は機構長、副機構長2名、事務部門長からなる運営会議が担います。
一方、機構自身が時限付きなので、終身雇用は出来ません。特に退職金がないことは若い教官には大きなデメリットになりかねません。また、外国の研究機関と競争して優秀な研究者を雇用するには、給与・保険・年金・研究費等の面で有利な条件を提示する必要があります。
そのため、IPMUでは経済的に不利にならず、外国の研究機関とも競争できるだけの給与体系を設定しています。アメリカの大学では、 個人の業績に応じて、同じ経歴・身分でも3倍以上の給与の開きがあります。私がよく知っているカリフォルニア大学では教官の給与は州民の税金で賄われますが、市場原理に基づいてきちんと説明責任が果たせる範囲で対応しています。公的資金ですので、根拠の無いむやみなことは勿論出来ません。個々の例に応じて、文書化できる理由を提示し、大学本部の了承を得て待遇を設定しています。

現状
IPMU は2007年10月1日の発足時点では申請の中心となった主任研究者20人だけでした。しかも全員それぞれの機関に属していたので、IPMU専属は一人もいませんでした。発足後すぐにメンバーの募集を始め、世界公募を掛けました。その結果約600通の応募があり、450通近くが外国人でした。その中から選考を進め、待遇の交渉を経て、2008年5月には専任の研究者として教授5名、准教授2名、助教3名、ポスドク8名を採用しました。2010年4月現在は60名の研究者が在籍しています。他部局・機関との併任を加えて国内外の研究者が常に出入りしているダイナミックな組織になっていければと考えています。
発足後まもない2007年12月から国際会議を行ってきましたが、2009年度のセミナー開催数は全体で159件でした。また、来訪者数は432名で、そのうち海外からの招聘は345名でした。研究会の持ち方も議論を活発に行えるように工夫しています。Focus weekと名付けた形式では、基本的に一時間の講演を一日二つか三つだけ、残りの時間を自由な議論に当てるようにします。多数の 参加を促す為、週のうち一日だけ従来のような20分程度の講演を含めます。
また今年2月には新研究棟が完成しました。分野融合を進めるために従来のオフィスビルとは違った新しいコンセプトの建築で、3、4、5階が吹き抜けになり、その周りをオフィスが螺旋状に囲んでいます。吹き抜けの底の部分には大きなinteraction areaを設け、テーブル、椅子、黒板をちりばめて、研究者が自然と集まり議論が始まるような空間を作り出しています。

新研究棟
【図2】 新研究棟の外観。右はピアッツァ藤原と呼ばれる交流スペース。研究者同士が自然と交流を図れるような仕掛けになっている。
設計:大野秀敏(東京大学教授)+クハラアーキテクツ一級建築士事務所

研究計画
今IPMUでは次のような計画を進めています。(紙面に限りがあり、機構の研究者全員に触れることが出来ないのでご了承下さい。)
まず、University of California, Irvineから着任したMark Vagins教授を中心に、スーパーカミオカンデ実験を新たな方向へ進めようとしています。ガドリニウムの化合物を純水に混合すると中性子捕獲の断面積が飛躍的に向上し、反電子ニュートリノが逆ベータ崩壊反応を起こした際に効率よく検出できます。これで数億光年はなれた超新星爆発から来る残留ニュートリノを捕えられると期待しています。いずれはニュートリノを使って暗黒エネルギーを調べることができるかもしれません。
また、Tennessee 大学から来たAlexandre Kozlov 氏を中心に、今まで主に原子炉からの反ニュートリノを使ってニュートリノ振動を検証して来たカムランド実験にキセノンガスを混入させ、ニュートリノと反ニュートリノが違う粒子なのか、同じ粒子なのか、調べようとしています。もし同じ粒子であれば物質と反物質が互いに転換できることになり、宇宙の物質と反物質のバランスを崩す為にニュートリノが役割を果たしたのかどうか、知見が得られることが期待されます。
そして神岡鉱山内に新たな実験装置XMASSを建設し、800kgの液体キセノンを光電子増倍管で取り囲み、銀河内の暗黒物質がご く稀に原子核にぶつかる反応を捕えようとしています。今まで世界で行われて来た実験よりも飛躍的に大きいので、暗黒物質が素粒子である最初の証拠をつかむことを狙います。
天文観測ではすばる望遠鏡に新しいカメラHyper Suprime-Camを取り付け、遠方の銀河を大規模に俯瞰し、その形状の1%程度の 微妙な歪みを見て統計的に処理することで、宇宙の暗黒物質の分布、暗黒エネルギーの増え具合の測定を行います。更に研究者を惹き付け、観測論的宇宙論のチームを早く立ち上げる為にSloan Digital Sky Survey の第三期に参加しています。近年銀河分布に発見されたバリオン振動は、理論的に非常にはっきりした根拠があり、距離測定の目安に使うことができます。これを利用し、精密に銀河分布を調べることでやはり暗黒エネルギーの増え具合の測定をめざします。
加速器実験では一昨年からヨーロッパのLHC実験が始まりました。素粒子の標準理論では宇宙全体がある種の超伝導体であると考えられており、その超伝導を起こす粒子であるヒッグス粒子を発見することが大きな目標です。同時に暗黒物質を直接実験室で作り出したり、超対称性や3次元を超える空間次元等の探索も有望です。IPMUではLHC実験に直接は関与していませんが、現象論のグルー プを立ち上げ、発表されたデータの解釈や、新しい解析方法の提案等に取り組んでいきます。
理論物理では以上のような実験計画と密接にからんだ解析や現象論を進める傍ら、究極の統一理論と期待されるストリング理論に取り組みます。例えばプリンストン高等研究所からSimeon Hellermanが着任し、時間に依存する時空でのストリングを研究をしています。Calt echの大栗博司教授も一年に3ヶ月間は機構に滞在し、AdS/CFT予想の証明を目指します。日米の研究者の交流もますます盛んになって来ています。
そして当然数学と物理の連携を進める為に、国内外の研究者を招き、共同の研究会やセミナーを通じて議論を深めています。2009年5月には「新しい不変量と壁越え」というテーマで数学者と物理学者の交流を促進する国際会議を行いました。今後も数学者・物理学者双方に関心のあるテーマを取り上げていく予定です。
IPMU は上で述べたように国内外の研究者が頻繁に出入りする場所で、セミナーや研究会が活発に行われ、全て公開されていますので、日本の研究者の方々もぜひ参加していただきたいと思います。特に若い人には海外からの研究者とふれあい、刺激を受けるだけでなく自分を売り込む場所として使っていただきたいと思います。また、海外からの講演者を他機関へもセミナー等に招待していただければ、日本のコミュニティーへの貢献にもなれるかと願っています。
一般の方へも季刊のIPMU News の発行、一般講演会等を通じて科学に親しんでいただき、特に青少年に科学・数学への興味を持っ てもらえたらと願っています。





村山斉機構長 機構長 村山 斉
東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)


Contact
東京大学数物連携宇宙研究機構
〒277-8583 千葉県柏市柏の葉5-1-5
E-mail: press[アットマーク]ipmu.jp
URL: http://www.ipmu.jp