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日本のセルロースナノファイバー研究


概要

© Japanest NIPPON

資源に乏しい日本-そんな観念を覆す新たな資源が今注目されている。それは「紙」。紙の原料は木材であり、日本は世界でも類稀なる森林大国*1である。森林資源を有効活用することができれば、日本は資源大国として世界をリードすることが可能だろう。

では、日本の未来を担う資源として注目されている「紙」とはどんな紙であろうか。それは私たちの常識をはるかに超えた、まったく新しい紙である。

樹木は時に高さ100メートルを超えるまでに成長し、その姿を保ちながら数千年も生き続ける。そんな樹木を支えているのが、樹木の細胞骨格にあたるセルロースである。今、世界中が注目している「紙」とは、このセルロースを、ナノレベルまでほぐして再構築することで得られる「セルロースナノファイバー」のことだ。

もともと木材は骨格となるセルロース同士の隙間を様々な高分子が埋めている。セルロースナノファイバーは木材の骨格にあたるセルロースを凝縮することで、繊維同士の結合箇所が多くなり、その分従来の紙よりも強度が増す。その強度は実に鋼鉄の5倍以上。その他にも、以下の表に示すような高い機能性を備えた優れた材料である。

・軽くて強い(同じ体積の鋼鉄と比較して、重量は1/5ながら7倍~8倍の強さ)
・鋼鉄やガラスと異なり、しなやかな物性を持っている
・熱による変形が小さい(同じ体積のガラスの1/50程度)
・将来的には炭素繊維の1/6程度のコストで生産可能
・植物由来のため、生産、貯蔵、運搬、利用などにおいて環境への負荷が小さい
・様々な植物が原料になり得るので、原料が他素材とは比べものにならないほど大量に得られる。*2


*1 国土の実に約7割が森林でおおわれており、国土面積に対する森林占有率は、フィンランドに次いで世界第2位。
*2 資源量は石油の約1,500億トンに対し、1兆8,000億トンと考えられている。


様々な用途が広がる夢の素材

ナノセルロースファイバーの用途は、自動車の素材、機械部品、住宅建材、IT部品、医薬品、食品、化粧品など様々なものが期待されている。
例えば、セルロースナノファイバーを素材として使った自動車が実現すれば、大幅な軽量化が可能になり、燃費の向上につながる。また、セルロースナノファイバーは可視光の波長(約350nm~830nm)より短い(5nm~15nm)ため、光は反射しない、つまり、紙でありながら、透明な素材を作ることも可能である。この性質から、ガラスよりも丈夫な窓、新しいディスプレイ部材や食品の容器などが実現できる。

現在、製紙産業を中心とした世界中のメーカーや研究機関が、ナノセルロースの研究を精力的に行っており、開発競争が激化している。そのような状況にあって、日本の研究機関は用途開発においては先行しており、原料の確立-->複合材料化-->最終製品化までを志向した一貫型の研究で世界をリードしている。
さらに、製紙や化学工業に関する一部の企業はすでに実用化・製品化を発表している。
セルロースナノファイバーを用いた世界初となる商品は三菱鉛筆が製造したボールペンである。具体的には、セルロースナノファイバーをボールペンインクの増粘剤として配合することで、インクがかすれたりダマになったりしない、安定した書き心地のペンである。なめらかな書き味が高く評価され、2015年3月より北米、同年9月より欧米で販売されている。
セルロースナノファイバーに高機能を付加させた製品としては、日本製紙の紙おむつが世界で初めてとなる。2015年10月、同社傘下の日本製紙クラシアが発売した大人用紙おむつは、ナノセルロースファイバーの表面に金属イオンや金属ナノ粒子を高密度に付着させた、高い抗菌・消臭機能をもつシートを採用している。2016年度には量産ラインも稼働する予定で、生産能力は10倍程度に拡大することが見込まれている。なお、ここで採用されているナノセルロースファイバーの作成には、東京大学の磯貝グループが開発したTEMPO触媒法と呼ばれる方法が用いられている。同教授はこの方法を開発したことで森林分野のノーベル賞マルクス・ヴァーレンベリ賞を受賞している。また、TEMPO触媒法で処理したセルロース表面に金属ナノ粒子を生成させる方法は、九州大学の北岡グループ(生物資源化学)が開発している。
2009年より共同研究を行ってきた王子ホールディングスと三菱化学は、2013年、セルロースナノファイバーの透明連続シート化に成功している。同技術は、軽くて、巻いたり折りたたんだりできるディスプレイパネルや太陽電池などへの応用が期待されている。両社は2016年以降には実用化を進めていく計画である。開発が進めば、必要に応じて開いて使う、持ち運んで使うなど、従来の物理的な制約から解放された、新しいデバイスが登場するだろう。また、王子ホールディングスは2015年、日光ケミカルズとも、化粧品原料の開発を共同で行うことに合意している。化粧品メーカーや関連業界からはナノセルロースファイバーの化粧品が早くも注目を浴びているようだ。
そして、セルロースナノファイバーの研究・開発は一部の企業や大学を飛び出し、国全体の目標となりつつある。2014年、政府は国を挙げてのセルロースナノファイバーの研究・開発の推進を決定した。政府が掲げた「日本再興戦略」の中の具体的施策の一つに、セルロースナノファイバーが選ばれたのだ。セルロースナノファイバーの開発が進み、実用化がなされれば、森林大国である日本の各地が製品の有力な生産地となり得、地域の振興にもつながる。今後も着実に研究が重ねられ、日本のセルロースナノファイバー技術と製品が、世界をリードしていくことが期待される。

ライター:Hiromi Jitsukata
2016.4.4 執筆
おもな日本のセルロースナノファイバー研究拠点
東京大学 磯貝グループ(2015年、森林のノーベル賞と言われるマルクス・ヴァーレンベリ賞を受賞)
京都大学 矢野グループ(1988年から研究開始、日本の先駆的研究グループ)
九州大学 近藤グループ(バイオマテリアルデザイン)
おかやまグリーン・バイオプロジェクト
京都市産技研グループ
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 ナノセルロースフォーラム
https://unit.aist.go.jp/rpd-mc/ncf/