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資生堂・世界で愛される化粧品


概要

日本は世界で一二を争う化粧品消費大国である。日本国内にある化粧品メーカーの企業数は4,000以上といわれ、さらに海外からの化粧品輸入金額も世界トップクラス。このような競争の激しい化粧品市場の中で、国内一位の座を守り続け、さらに世界の化粧品メーカーの中でも5位の収益を誇るのが資生堂である。

海外の基礎化粧品製品に比べると、日本の基礎化粧品製品は、いかにして多くのうるおいを肌に与え保つか、という機能がより追求されている点に特徴がある。肌の表面から水分を蒸発させない、肌の少しでも奥まで水分をいきわたらせる、肌の内部に水分をとどめる、湿潤な日本の気候に対して爽快な使い心地を提供する、雨や湿気の多い空気の中でも化粧くずれしにくい…さらに、ニキビや日焼け、シミ・そばかす、肌の老化など、世界の女性共通といえる悩みにこたえなくてはならないことは言うまでもない。また、化粧品の機能だけでなく、使い心地の気持ち良さ、手間をかけずに使えるかどうか、パッケージのデザイン、品質の安全性も高いレベルで求められている。
日本の市場で鍛え抜かれた化粧品は、肌への付け心地、化粧もちのよさ、耐水性の高さ、肌への優しさ、高機能性、パッケージデザインのよさ、安全性の点で、世界市場でも高く評価されており、日本旅行のおみやげとして日本製化粧品のリストを渡される海外からの渡航者もいるという。
資生堂は、そのような日本の化粧品市場の頂点に、創業以来140年近くにわたって君臨してきた。その実力は推して知るべし、というわけである。



高機能・高品質の化粧品づくり

資生堂は、もともと調剤薬局として薬剤師の福原有信によって、1872年に創業された。化粧品業界に進出したのは25年後の1897年、オイデルミンという商品名の化粧水を売り出したのが初めてである。成分の処方は、ベルリン大学で化学と薬学を学んだ薬学教授、長井長義の研究に基づくもので、調剤薬局という同社の原点に根ざした化粧品であった。以降、1世紀以上にわたって皮膚科学や薬品処方技術をもとにした、高機能・高品質の製品を生み出していく。1916年には試験室を創設し、科学的な研究管理と品質管理を組織的に行うようになる。この取り組みは当時としては画期的なことであった。これは、1939年に研究所へと発展し、2000年にリサーチセンターとなって現在に至る。この間、成分の処方に関する物理化学的な研究だけでなく、安全性や有効性、化粧の心理学的な研究、分析技術、容器の材質に関する研究など、アプローチを徐々に広げ、基礎から応用、そして実用化まで、幅広く対象とする総合研究所へと成長してきた。
1989年に、ハーバードメディカルスクールの大学病院である、マサチューセッツ総合病院(MGH/Massachusetts General Hospital)と共同で皮膚医科学研究所(CBRC/Cutaneous Biology Research Center)を設立していることも特筆すべきことであろう。皮膚や毛髪の発生と形成に関する最新研究を行い、重要な研究成果も挙げてきた。もちろん資生堂の製品開発にも生かされている。
こうして培ってきた高い研究力を端的に示すのが、IFSCC(International Federation of Societies of Cosmetic Chemists/国際化粧品技術者大会)における同社の受賞歴である。IFSCCは、世界の化粧品技術者が集う、化粧品に関する科学領域の研究発表会である。これまで28回開催されたうち、資生堂は最優秀賞を、受賞歴のある企業の中で最多の15回受賞している。(2015年時点)


新しい化粧文化を届ける

資生堂は、化粧品のブランドだけでなく、自社の流通チャンネルの確立にもいち早くとりかかった。1910年代から1920年ごろ、卸・問屋を通して小売店で販売されていた化粧品は、乱売・値引き競争に歯止めがかからず業界全体が苦境に立たされていた。このような状況の中で、1923年、「チェインストア」システム(契約小売店システム)を導入。契約した小売店にのみ同社の製品を供給し、定価で販売させた。また、取次店間での競争も避けるために、販売会社を資生堂の系列会社として設立した。営業社員によるサポートと試供品や販促グッズの提供も充実させ、顧客の固定および小売店側の安定した経営基盤の構築も目指した。
さらに、1934年には、宣伝部隊の女性社員「ミス・シセイドウ」を採用する。彼女たちは、美容理論や技術、さらにマナーや絵画など高度な教養について一定期間の教育を受けたのち、全国で最新の美容法を紹介しながら、来場者の美容相談に応じた。その狙いは、最先端の化粧文化を全国に紹介し、メイクアップや美容という市場をさらに拡大することであった。1938年には実際に店頭で自社の製品を販売する「セールス・ガール」の採用と教育も始める。西洋の香りをまとった新しい化粧品と科学的根拠に基づいた化粧法による、まったく新しい化粧文化、それを「ミス・シセイドウ」と「セールス・ガール」は二人三脚で日本中に広めていった。彼女たちの軌跡は、日本の化粧文化史におけるマイルストーンの一つである。
高品質な自社製品の開発、市場の開拓と拡大、独自の流通経路の確保という戦略は同社の創成期・成長期において、日本の化粧品業界の中でも画期的な戦略であり、これによって同社はトップ企業の地位を確立していった。
この戦略は、海外進出した際にも生かされており、製品の品質はもちろん、対面でのきめ細やかな接客販売は現地市場での売り上げの拡大に貢献してきた。



世界の資生堂へ

世界の名だたる化粧品メーカーの製品は、世界各国で買うことができる。したがって、世界で勝負できない化粧品は、やがて国内からも排除されてしまうという危機感がつきまとっている。化粧品メーカーが安定した成長を続けるためには、世界で勝負することは避けて通れない。
資生堂が本格的に海外市場へ乗り出したのは1957年のことで、台湾で現地製造・販売を始めたのが最初である。販売店、現地法人、研究拠点、生産拠点などが順次設立され、2016年4月の時点で約120カ国で同社の製品が販売されている。2014年度の実績では、同社の海外売上高が全売り上げの過半数の53%を占めるまでになった。
研究開発力、高品質な製品、きめ細やかな販売対応など、140年にわたって培ってきた国内随一の強みは世界でも高く評価されている。特に近年は、経済の発展も相まって、日本人に近い肌質を持ち、湿潤な気候の中で暮らすアジア地域の女性の間で、同社製品は売り上げを伸ばしている。今後、同社の強みをさらに生かして、世界の美容市場で輝きを放ち、世界の美容文化を進化させていくことが期待されている。



ライター:Hiromi Jitsukata
2016.9.16 執筆
http://www.shiseidogroup.jp/
( 株式会社 資生堂 )
主な展開ブランド
日本国内
SHISEIDO グローバルブランド
メーキャップやスキンケアなど複数のラインがあり、日本を含む世界約80ヶ国で販売。
クレ・ド・ポー ボーテ 5つの主力ブランドの一つ
最高級ライン
エリクシール 5つの主力ブランドの一つ
ベネフィーク 5つの主力ブランドの一つ
マキアージュ 5つの主力ブランドの一つ
メイクアップ製品
TSUBAKI 5つの主力ブランドの一つ
ヘアケア製品
専科 ドラッグストア販売ライン

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