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エイズ治療薬


概要

1980年代、「確実に死に至る病」として世界を震撼させたエイズ。
しかし、それから30年の間に治療法の研究は劇的に進んだ。現在でもエイズは根治させることはできないが、感染しても、ウイルスの増殖を抑えながら、持病としてつきあう病となりつつある。ターニングポイントとなったのは、治療薬の登場と躍進である。

人類とエイズの戦い
1981年、後にエイズと判明する奇病の、最初の報告がカリフォルニア大学ロスアンジェルス校の研究者によって報告された。1982年、アメリカ疾病要望管理センター(Centers for Disease Control and Prevention / CDC)はこの奇病をAcquired Immune Deficiency Syndrome(AIDS、エイズ)と命名。数年もしないうちに感染者数は膨れ上がり、多くが発症後すぐに亡くなっていった。そして1983年、原因となるウイルスが分離・同定され、多くの研究者がウイルスとの戦いに身を投じることとなる。

そのころアメリカの国立がん研究所(National Cancer Institute/NCI)で、T細胞白血病ウイルス1型という、成人T細胞白血病の原因ウイルスの研究をする、一人の日本人研究者がいた。彼の名前は満屋 裕明。彼が研究していたウイルスは、エイズの原因であるヒト免疫不全ウイルス(HIV)と同じ、レトルウイルスである。また、T細胞はHIVが標的とする細胞である。研究室の上司であるサミュエル・ブローダーが、このような満屋の研究キャリアに目を付け、エイズ治療薬の研究を持ちかけた。1984年のことであった。当時、ウイルスの感染経路ははっきりとしておらず、感染すれば死を待つしかない。まさに命がけの研究が始まった。

創薬は基本的に、可能性のありそうな化合物を次々とテストすることで進められる。わずか5人の研究チームは研究を迅速に進めるために、さまざまな製薬会社に共同研究の協力を仰いだ。各社は可能性のありそうな化合物を研究室に提供した。そして1985年、イギリスの製薬会社バローズ・ウェルカム(現グラクソ・スミスクライン)が抗がん剤として合成していた化合物アジドチミジン(azidothymidine/AZT)が、ウイルスの増殖を抑制することがわかった。人類初となるエイズ治療薬発見の瞬間である。研究を始めてわずか一年、新薬の発見としては異例の速さであった。

 
   チミジン          アジドチミジン
チミジンのヒドロキシル基一つが、アジドチミジンではアジド基に置き換わっている。この部分で、DNAの合成が止まってしまうため、ウイルスが複製されなくなる。


AZTは他の研究機関でも研究されていたが、エイズへの効果はない、という結果しか報告されていなかった。彼らは、HIVの逆転写酵素に対するAZTの効果を検証する手法をとっていた。これに対し、満屋は、ヒトT細胞そのものを標的にしたときのAZTの効果を評価した。かつてさまざまなT細胞を樹立してきた経験があったからこそ、HIV細胞に感染したT細胞株を独自に樹立させ、独自の手法でアプローチができたといえる。

エイズに対する効果が発見されてすぐ、AZTの治験が行われ、1987年3月には、世界初のエイズ治療薬が承認された。発見から承認までの期間は約25カ月である。人類の存亡がいかに一刻を争うものであったかがわかるだろう。


世界中の人に届く薬をつくる

こうして、人類を救う治療薬は発見できた。しかし、その価格が問題となった。AZTの販売元となったバローズ・ウェルカム社は、年間で1万ドル(当時の日本円にして約140万円から160万円)もかかるという破格の高値を付けたのである。薬が入手できない多くの患者は救いの手を目の前にしながら亡くなっていった。
満屋は、より多くの人に薬を届けるために、第2、第3のエイズ治療薬の開発を目指す。そして、1991年にはddI、1992年にddCというエイズ治療薬を開発した。これらの登場により、エイズ治療薬の価格は下がり、また、世界のエイズ治療薬製造・研究も加速した。

満屋が発見した3つの治療薬は、いずれもHIVがDNAを逆転写する際にこれを阻害する働きを持つ(核酸系逆転写酵素阻害剤)。しかし、単一の仕組みの薬だけでは、薬剤耐性ウイルスの出現が避けられない。治療法の幅を広げるため、異なる機序を持つ薬の開発も始まった。1995年にプロテアーゼ阻害剤、1996年に非核酸系逆転写酵素阻害剤が登場し、エイズ治療は劇的に進歩した。以降、これらの3種の中から薬剤を組み合わせ、複数の機序でウイルスの増殖を抑える、HAART(Highly Active Anti-retroviral Therapy)がエイズの基本的な治療法となった。CDCの報告では、アメリカにおけるエイズ死亡者数は1995年を境に激減し、一方でHIVに感染していても、治療を受けることで生存している人の数は増えている。

さらに満屋は2003年、彼にとって第4のエイズ治療薬であり、最初のプロテアーゼ阻害剤である、ダルナビルを報告した。これは2006年にFDAに承認され、2010年には医薬品特許プールに参加した医薬品の第一号となった。医薬品特許プール制度は、世界保健機関WHOに拠点を置くUNITAID(ユニットエイド)が2010年に設立した制度である。アフリカなど開発途上国の国は、この制度に参加している薬品に対し、特許料を支払わずに使用することが認められる。この制度により、エイズ治療薬のジェネリック医薬品を製造したり、より低価格で薬を販売したりすることが可能となる。

さらに、満屋にとって5つ目のエイズ治療薬となる、EFdAも、上市に向けて着々と準備が進められている。2012年にメルクにライセンスが譲渡され、米国での臨床研究が始まった。2015年時点では、霊長類で長期毒性がないかが確かめられている。

満屋が最初のエイズ治療薬を発見してから30年が経ち、30種類を超える治療薬が登場した。しかし、根治させるすべがない以上、エイズは現在でも重篤な病であることは変わりない。実際、HIV感染者自体は世界に4,000万人ほどいるとみられており(2016年 UNAIDS)、さらに、新規感染者は毎年200万人から300万人発生している。
また、HIVは非常に変異しやすいウイルスである。ワクチンの製造は不可能とみられているし、治療薬は、ほんの数回飲み忘れただけでウイルスが耐性を持ち、効果を失ってしまう。今有効な薬も、将来その有効性を失うかもしれない。そもそも生涯にわたって薬を飲み続けるということは、患者の生活において大きな負担であることに変わりはない。治療の副作用や高額な治療費も問題化している。

根本的には、多くの人々がエイズを理解し、みずからエイズを予防できるようになることが、人類をエイズから守る最善策であろう。しかし、様々な問題をはらんだ社会情勢は、感染者の増加を簡単には止めてくれないのが現実である。だからこそ、人々がより安心して病と付き合い、人生を全うしていける治療薬の進化が現時点ではもっとも強力なエイズへの対抗策となる。満屋の、そして世界中の研究者の歩みは止まらない。

ライター:Hiromi Jitsukata
2016.12.05 執筆
抗HIV薬剤一覧
ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤 (Nucleoside Analogue Reverse Transcriptase Inhibitor: NRTI)
一般名商標名(認可年)
Zidovudine (AZT)レトロビル
(1987)
Didanosine (ddl)ヴァイデックス
(1992)
Zalcitavine (ddC)ハイビット
(1996)
Stavudine (d4T)ゼリット
(1997)
Lamivudine (3TC)エピビル
(1997)
Abacavir (ABC)ザイアジェン
(1999)
Tenofovir (TDF)ビリアード
(2004)
Emtricitabine (FTC)エムトリバ
(2005)
非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤 (Non-Nucleoside Analogue Reverse Transcriptase Inhibitor: NNRTI)
一般名商標名(認可年)
Nevirapine (NVP)ヴィラミューン
(1998)
Efavirenz (EFV)ストックリン
(1999)
Delavirdine (DLV)レスクリプター
(2000)
Etravirine (ETV)インテレンス
(2009)
Rilpivirine (RPV)エジュラント
(2012)
プロテアーゼ阻害剤 (Protease Inhibitor: PI)
一般名商標名(認可年)
Saquinavir (SQV)インビラーゼ
(1997)
Rnitonavir (RTV)ノービア
(1997)
Indinavir (IDV)クリキシバン
(1997)
Nelfinavir (NFV)ビラセプト
(1998)
Amprenavir (APV) プローゼ
(1999)
Lopinavir (LPV) カレトラ*
(2000)
Atazanavir (ATV) レイアタッツ
(2003)
Darunavir (DRV)プリジスタ
(2007)
CCR5阻害剤 (CCR5 Inhibitor)
一般名商標名(認可年)
Maraviroc (MVC)シーエルセントリ
(2009)
インテグラーゼ阻害剤 (Integrase Strand Transfer Inhibitor: INSTI)

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